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第43話
ふわふわと体が揺れていることに気付いたのは、どれくらい経った頃だろうか。
ゆっくりと意識が浮上して、そっと目を開けた。
・・・・・・何処だ?
目を開けたはずなのに、辺りは真っ暗だった。
苦しくはないけど・・・・・・どうなってるんだ?
自分は今立っているのか、寝ているのかも分からない。
足をバタつかせても移動することはなく、伸ばした指の先に何かが当たる事もない。
足の裏が何かに触れている感触はない。
俺、浮いてるのか?
重力はどうした?
闇の中にいるのに、自分の姿だけはしっかり見えていた。
けれど、何処にも光源らしき物は見当たらない・・・・・・まるで自ら発光しているかのように。
「・・・・・・誰か」
いないのかと問おうとして、言葉を飲み込む。
目の前に、天音が突然姿を現したからだ。
俺の双子の兄貴・・・・・・・・六年前に死んだはずの天音・・・・・・・・
死ぬ前の姿のまま・・・・・・・って、ここは天国なんだろうか?
つまり俺は死んだんだろうか?
天音は、混乱してる俺に向かって手を差し伸べた。
「あの人が待ってるよ」
天音は言った。
いや、言ったは正確ではないかもしれない。
俺と良く似た顔立ちの、その口は全く動いていないのだから。
「あの人って・・・・・・?」
天音の瞳は金色に輝いていた。
「時間がないから」
天音はその場を動かない。
「時間って・・・・・・なんの?」
俺は歩くように天音に向かって足を一歩踏み出した。
ふわふわと天音に近づいていく。
「早く」
天音は一度も瞬きをしないまま、自分の手に俺の手が重なるのを待っていた。
「早く目を覚ましてあげないと、あの人が狂ってしまう」
俺の指先が触れた瞬間、天音の唇が動いた。
「え?あの人って?」
天音の足元から突風が吹き上がり、俺達を包み込んだ。
「大丈夫・・・・・・風が天城を守ってくれてる」
きゅっと俺の手を両手で握り締め、ぱちっと天音が一度瞬きをした。
ガクンッと急に体が重くなったような気がする。
「な、なんだ?天音?」
天音の位置は変わらないのに、俺の視線の高さがどんどん下がっていく。
まるで底なし沼に足を踏み入れてしまったかのように、ゆっくりと闇に沈んでいた。
ちょうど膝の辺りまで闇に隠れた瞬間、ガクンッと一気に底が抜けた。
「うわっ」
思わず握っていた天音の手を強く掴み、その手にぶら下がった格好で天音を見上げた。
「大丈夫」
天音は微笑を浮かべて俺を見下ろしていた。
「大丈夫だから・・・・・・・・・・思い出してあげて」
天音の指が外された。
「あの人を思い出してあげて」
俺の身体はそのまま急降下。
「天城・・・・・・俺は・・・・・・お前の・・・・・・・」
天音に向かって手を精一杯伸ばした。
「・・・・・・あの人が・・・・・・・・お前の・・・・・・・・・」
聞こえない。
天音、どうしてそんな顔をするんだ?
優しい笑顔、なのに、少し淋しそう・・・・・・
折角会えたのに、どうして離れなきゃいけないんだ?
天音・・・・・・
天音、あまね・・・・・・・・・
俺の身体は闇に沈んだ。
いつも共にあった存在。
先程の天音の姿が思い浮かんで、ぐにゃりと歪む。
天音とは違う、別の人物が浮かび上がって来て・・・・・・・・・
「蒼威」
俺をそう呼んだのは・・・・・・・・・
「えん・・・・・・・・・て、ぃ・・・・・・・・・」
炎帝・・・・・・・
俺が仕える、唯一の大将・・・・・・・・・
俺は、この人のモノ・・・・・・・だ。
敵の刃に倒れ、深手を負った俺を野営地に連れ戻ったのは炎帝だった。
すぐさま治療が施され、なんとか一命は取り留めた。
暫くは安静にさせなければならないと言い残して薬師は部屋を出て行った。
目の前で眠る俺の顔色は運び込んだ時と変わらず青白いまま・・・・・・・・
だが、呼吸は随分楽になったように見える。
「蒼威」
炎帝は俺の名前を呼んでそっと頬に触れた。
微かに睫が震えたが俺の意識が戻ったわけではなかった。
「蒼威?」
頬に触れていた手を移動させ、親指で俺の唇に触れた。
「蒼威」
「えん・・・・・て・・・・・・・・・ぇ?」
微かに俺の息が漏れ、炎帝が顔を上げると、薄っすらと俺の瞼が開いていた。
その目はぼんやりと宙を漂い、炎帝を見付けて、ふわっと笑みを浮かべた。
炎帝に怪我はないようで、ホッとしたんだ。
俺は、この人の役に立てたんだ。
「炎帝?」
「・・・・・・・・・あぁ」
名を呼ばれて炎帝は俺の唇に自分の唇を重ねた。
それは触れるだけのモノだったけど・・・・・・・・・
すごく大切そうに扱われたようで・・・・・・・
嬉しいやら、恥ずかしいやら、感情がごちゃごちゃして・・・・・・・・
「・・・・・・・・・ンッ」
身じろいで、傷が痛くて・・・・・・苦しそうな息が漏れる。
腕には十分な力が入らず、少しだけ浮いた腕はすぐに下ろされた。
「・・・・・ァ・・・・・・えん、て・・・・・ぇ?」
「俺の力を注いでやる」
炎帝の指先がが俺の耳に触れて、髪を梳かした。
俺の頬を両手で押さえ、逃げられないように固定される。
「ふぁ・・・・・・・えん・・・・・ッン、炎帝・・・・・・だ、めで・・・・・・・っれなん、か・・・・・」
俺なんかの為に、炎帝が力を分け与えるなどと・・・・・・・
じわりと俺の目に涙が浮かび、流れる寸前に炎帝が舐め取った。
「蒼威、お前は俺の側にいろ」
再び口づけを交わし・・・・・・・・・
俺は、その言葉に頷いて・・・・・・・・・
次の瞬間、目の前が真っ白な光に包まれた。
「天城!!」
名前を叫ばれて、ハッと目を開ける。
目の前に人ではないモノの姿はなかった。
「ハァハァ・・・・・・ハァ・・・・・・・・・」
俺は壁に背を預けてはいたが、自分の両足で立っていた。
「・・・・・・ッ・・・・・・ハァ、ハァ」
くらくらと視界が揺れる。
酸素が・・・・・・足りないかも・・・・・・ぐらっと体が傾いだ。
このままでは顔面から倒れると分かっていても、もう指一本動かす事は出来なかった。
「天城!」
駆けつけた火爪さんに抱き留められる。
俺の手には、一張りの弓が握られていた・・・・・・らしい。
「これは・・・・・・」
そっと火爪さんの指先が弓に触れた瞬間、ソレは淡い光を放ち、跡形もなく消滅した。
「今のは・・・・・・天城・・・・・・お前・・・・・・」
火爪さんの腕の中で、俺は・・・・・・火爪さんの腕に無意識にしがみ付いて眠ってしまっていた。
「火爪先輩!鷹宮くんは?」
荒れた呼吸を整えながら白峰が近づいてくる。
「眠っただけだ・・・・・・」
「・・・・・・そう」
白峰がホッと息を吐く。
「天城ちゃぁん!」
駆け寄ってきた光矢ちゃんに、鞘に収めた自分の刀を持たせ、火爪さんが俺を抱き上げた。
「どこかで鷹宮くんを休ませないと・・・・・・次がくる前に移動しよう・・・・・・光矢、外の奴等に連絡・・・・・・」
目元に掛かる俺の前髪を払ってくれて、白峰が指示を出す。
「この状況で、どうやって連絡を取れと?さっきまでは繋がってたのに」
携帯端末のディスプレイには圏外の文字が表示されていた。
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