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第44話
俺のの意識が戻った頃、辺りは夜の帳が下りていた。
自分が置かれている状況を把握すべく、俺はゆっくりと周囲を見回した。
ぼんやりと見える部屋の中、寝ていたのは壊れかけのベッド、手にしているのは誰かの制服。
崩れた壁、ボロボロに破れたアイドルのポスターが風で揺れている。
視線を上に上げれば、天井はなく、丸い月が見える。
普段より星の数も多く見える気がした。
腕に力を入れて体重を移動させ、ベッドから足を下ろす。
「天城?」
ベッドが軋み、その音に気付いた誰かが名前を呼んだ。
「あ・・・・・・火爪さ、ん?」
火爪さんはベッドに背を預けて俺を見上げていた。
俺が目を覚ますのを、側で待っててくれたんですか?
「起きたりして大丈夫か?気分は?」
火爪さんは立ち上がって俺を見下ろした。
俺を見てホッとした表情をしてる。
「大丈夫です・・・・・・あの・・・・・・すみません、御心配を・・・・・・」
くしゃっと髪を撫でられて微かに緊張した。
「制服」
「はい?」
きょとんっと火爪さんを見上げる。
「ソレ・・・・・・俺の制服」
火爪さんに指摘され、誰のモノか分からない制服を握ったままだった事を思い出した。
「あ、す、すいません」
慌てて火爪さんに制服を差し出す。
なんで俺火爪さんの制服握ってたんだ?
なんだか恥ずかしくて目を合わせられない。
「気にするな、謝る事はない」
真っ赤になって制服を差し出した俺に手を伸ばして来て、この手首をやんわり掴まれた。
「動けるようなら一緒に来い」
そのまま火爪さんに手を引っ張られて腰を浮かせた。
「向こうに皆いる」
「皆?」
火爪さんに手を引かれるまま足を動かす。
「鷹宮くん。もう動けるみたいだね?」
火爪さんと共に姿を見せた俺に気付いた白峰が笑顔で手を上げた。
焚き火を囲みながら白峰と・・・・・・初めて見る男子生徒が毛布の上に座っている。
火爪さんと俺用らしき毛布も用意されていた。
「天城ちゃん、大丈夫?」
初対面のはずの彼はニッコリ笑って、空いていた隣の毛布をポンポンと叩いた。
まるで、ここに座れと言っているみたいだ。
でも、その毛布にさっさと腰を下したのは火爪さんだった。
「ちょっと火爪ちゃん?」
「誰がどの位置に座るかなんて決まってないだろ?」
必然的に俺は火爪さんと白峰の間に座る。
「それとも、座る場所をいちいち光牙に・・・・・・」
「はいはい、二人とも、それまで!」
白峰がパンッと手を叩いて自分へと意識を向けさせた。
「醜い争いは他でやって。今はまず鷹宮くんにこの状況を説明してあげないといけないんだからね?」
「・・・・・・すみ、すみませんが・・・・・・・・お願いします」
ポンッと白峰に肩に手を置かれて、俺は引き攣った笑みを浮かべた。
「だってぇ」
光牙と呼ばれたヤツが、むぅっと唇を尖らせて頬を膨らませて・・・・・・
火爪さんは小さく舌打ちして光牙ってヤツから顔を逸らし、俺と視線を合わせた。
火爪さんと目が合った瞬間、ドキッとしたんだけど、ソレは悟られないように、努めて冷静に・・・・・・・・装えたかな?
「鷹宮くん、自分の身に何が起こったかは覚えている?」
白峰に言われてフラッシュバックを起こす。
白峰に連れて行かれた理科準備室で、異臭を放つ化け物に襲われたこと。
そして、その化け物と戦っていた火爪さん達。
気が付いたら、ココにいて・・・・・・・・・
「天城は、絶望の森の中を通って旧館に辿り着いた・・・・・・どうやって旧館の鍵を手に入れたのかは知らないけど、あそこが、この演習場の入り口になってて」
聞いちゃいけないキーワードがあった気がする。
今、絶望の森って言った?
絶望って・・・・・・そこを俺が通った?
旧館の鍵は、今日会ったばっかの担任に渡されて・・・・・・って言うか、演習場の入り口って?
「結界を張って空間を歪めてるから」
俺は確かに旧館に足を踏み入れたと思ったんだけど・・・・・・
白峰に会ったと思ったら、今日入ったばっかりの校舎の中を歩いてたみたいで・・・・・・?
火爪さんの話の途中で白峰が差し出してくれた紙コップを受け取る。
「薬湯だよ。飲んで」
見るからに苦そうな深緑の液体に躊躇する。
飲みたくない、と突っ返してもいいだろうか?
「天城ちゃん、一気に飲み干したほうがいいぞ」
経験者なんだろう光牙のアドバイスを受け、ふぅっと息を吐く。
よしっと覚悟を決めて、俺は鼻を抓んで一気に喉へと流し込んだ。
「・・・・・・うっ」
暫し悶絶・・・・・・口元を押さえて苦味が去るのを待つ。
予想通りの味だった。
空になった紙コップを火爪さんが俺の手から取り上げて、焚き火の中へ投げる。
「今回の訓練は中止だ」
訓練?
あ・・・・・・俺のせい?
「ですよね・・・・・・鷹宮くんには危険すぎるし。どうやって外に連絡します?」
「まっ、待って・・・・・・あの、その・・・・・・俺、帰りますから・・・・・・」
俺、今迷惑掛けちゃってるんだよな?
さっさと、この場所から離れないと・・・・・・・・俺のせいで訓練中止って・・・・・・・
そう言えば、あの時光矢って呼ばれてた女の子がいたと思うんだけど?
あの子連れて一緒に・・・・・・・・って、その少女の姿はココにはない。
つまり、とっとと帰らせたのかな?
俺が無様にぶっ倒れたりしたから・・・・・
火爪さん達は次の行動に移れなかったわけで・・・・・・
「すっ、すいませんでしたぁ!」
「はぁ?ちょっ、鷹宮くん?」
何言ってるのって顔するなよ、白峰。
これ以上火爪さんに迷惑掛けるわけにはいかないだろ?
俺はその場から飛び出した。
飛び出したものの・・・・・・・
月明かりの下、辺り一面瓦礫の山。
外灯は折れ曲がり、建物のガラスは全て粉々に割れている。
車は不自然に凹み、何トンもありそうな大型車も横転している。
人の姿は何処にも見当たらない。
どっちの方角へ行けば、ココから抜け出せるのか解らない。
「天城」
いつの間にか背後に立っていた火爪さんが肩に手を乗せた。
「これって・・・・・・たちの悪い夢なんでしょうか?」
「・・・・・・演習場の中でだけ存在している街だ。旧館を出れば・・・・・・こんなのは現実じゃない」
ぐっと身体を抱き寄せられて・・・・・背中に感じる火爪さんの体温にホッとする自分を感じた。
「ごめんなさい・・・・・・・俺、訓練を邪魔する気なんて」
泣き出す一歩手前だった。
「邪魔じゃない・・・・・・天城、だから俺の側から離れないでくれ」
火爪さんが耳元で・・・・・・
「一度結界の中に足を踏み入れたのなら、時間が来るまで解放されない・・・・・・まだ外とも連絡が取れて無いんだ」
無意識に溢れ出してしまった涙を、親指の腹で拭ってくれる。
火爪さんの手は、すごく暖かくて・・・・・・
「天城は俺が守る・・・・・・だから側にいてくれ・・・・・・・・それに、天城が俺の側にいてくれたら心強い」
そっと身体の向きを変えて、火爪さんの胸元にしがみ付く。
後頭部を撫でられて顔を上げた。
「・・・・・・火爪さん」
「あぁコホン、天城ちゃんは落ち着いた?」
咳払いをして姿を現した光牙は顔を背けている。
「咲良ちゃんが呼び戻して来いって言うから・・・・・・そろそろ次の作戦を立てようって」
俺は火爪さんに肩を抱かれて、光牙の前を横切った。
「あの、呼びに来させてしまって、ごめん」
「気にするな、天城」
足を止めようとした俺の肩を押されて火爪さんと共に建物の中へ入って行く。
結界の中では時間の流れが現実とは違うらしい。
今の所、周囲に異変は感じられない。
と言う訳で。
焚き火の元まで戻ってくると、俺達の後から戻って来た光牙に向かって白峰が言い放った。
「交代で休もうね・・・・・ってことで、光牙、君見張り一番手決定」
白峰は、いってらっしゃいと手を振る。
「はぁ?」
「いや、だったら俺が・・・・・・さっきまで寝てたわけだから、俺が最初に見張りに」
何か役に立つことをしなきゃ。
俺は戦えないんだから、違う事で火爪さん達の助けになるようなことを・・・・・・
「鷹宮くんは怪我人なんだから見張りには立たなくていいよ。そうすると、一番年下なのは光牙だもんね?」
え?そうなのか?
白峰の方が年下だと思ってた・・・・・・光牙って、いくつなんだろう?
「こういう時だけ先輩面するんだな、あんたら」
部屋の入口でドア枠に凭れる。
「だって先輩だもん」
白峰がニッコリ笑みを浮かべ、火爪さんは黙ったまま、光牙を見詰めて・・・・・・いや、睨んでいる。
「天城ちゃんが見張りに立たなくていいってのは僕も同意見だけど、あんたら順番決めたって、どうせ僕一人に押し付ける気なんだろ?」
交代する気ゼロ、だと?
火爪さんが、そんなことするわけ・・・・・・・・なんて思ってたら、火爪さんに手首をぐいっと引っ張り寄せられて・・・・・・
「え?うわっ!!」
体勢を崩して、そのまま火爪さんの胸に飛び込む。
背後からすっぽりと抱え込まれた。
「光牙、二時間経ったら起こせ。次は俺が交代してやる」
頭上から火爪さんの声がした。
ほら、火爪さん、良い人じゃん。
「・・・・・・分かった。じゃぁ、火爪先輩の次は僕ね」
溜息混じりに順番を発表して、白峰は早々と横になった。
まぁしょうがない、と諦め、光牙は方向を変えた。
「あの、火爪さん・・・・・・俺、本当に大丈夫なんで交代で見張りに・・・・・・」
未だ外れない火爪さんの腕をぽんぽんっと叩く。
「そんなことより、天城には大切な役目がある」
真剣な眼差しで見詰められて緊張が走る。
大切な役目って?
「俺は抱き枕がないと眠れないんだ」
「え?」
火爪さんが発した言葉の意味を理解する前に押し倒された。
「二時間後に光牙が呼びに来る・・・・・・それまでの間、俺がどれだけ深く眠れるかが、天城に掛かっている」
「え?」
「大人しくしてろ」
火爪さんが耳元で囁いた。
きっと耳まで真っ赤に染まってるんだろうなぁ・・・・・・・
誰かに抱かれて眠るなんて・・・・・・・
くるりと体の向きを変え、火爪さんの胸に顔を押し当てた。
これなら顔見られないから大丈夫かな?
火爪さんの、俺の抱いている腕にちょこっとだけ力が加わった。
まるで、離さないって言われているようで・・・・・・・・
心臓がドキドキと高鳴って、眠れるわけないって思ったけど・・・・・・・・
疲れてたんだな。
火爪さんの体温にも誘導されて・・・・・・・俺はすぐに眠りに落ちていった。
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