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第45話 【 白峰咲良の報告 】
【 白峰咲良の報告 】
夜明けまで、何事もなく時間は流れた。
「天城ちゃんは?」
現れた気配の主は・・・・・・・少女、光矢。
金髪をふわふわと揺らしながら、光矢は火爪と共に、彼の腕の中で眠ったままの天城に近づく。
天城の額には薄っすらと汗が滲んでいた。
「火爪先輩が一晩中気を送ってましたけど・・・・・・今回の、自分の置かれている環境変化に加えて、初めての力の具現化、相当きつかったと思いますよ?」
咲良の指が天城の額に張り付いた髪を払う。
「咲良ちゃんは、天城ちゃんのことどれくらい知ってるの?」
天城の住んでいた街を、実質上支配していたのは鬼龍院一族。
都から派遣されている役員を支配し、街の全ての実権を握ってしまっている・・・・・・一族。
親を失った、あるいは親から捨てられた等、街を彷徨っていたΩを保護し、研究所でαの為に教育を受けさせる・・・・・なんてのは表の顔だった。
実際は、教育でなくて、拷問に近い調教・・・・・・それも、生半可なモノではない。
使いモノにならなくなったΩは秘密裏に廃棄される。
彼らがいなくなったとしても、誰も気付かないし、気付いたとしてもどうでもいいことだ。
ある日、そんな研究所が開発した薬を服用した者が死んだ。
すぐさま研究所は捜査されたが、なんの証拠も、手がかりも得られず・・・・・・
それでも死亡事件は続き・・・・・・被害者の共通点は、この研究所のロゴが入った薬を服用したこと。
そんな研究所に潜り込んだ時に天城と会った。
父親は研究所でも優秀で、鬼龍院一族からの信頼も厚く、かなり上層部の役職に就いていた。
天城は、他のΩの子達とは別の部屋へ連れて行かれて話すことは出来なかったが、何度かすれ違って特別保護対象である、と教えられた。
特別保護とは言っても、特別待遇されているわけではなく・・・・・・・
気付くといつも天城の身体の何処かに包帯が巻かれ、傷が絶えないようだった。
天城にはもう『運命の番』が存在していて・・・・・・それが、双子の兄だということも聞いた。
そのことに咲良は違和感があった。
二人が『運命の番』だという事は他人には解らない。
いくら肉親、血がつながっている兄弟だとしても、だ。
どちらか一方が発言したのか?
いや、二人が番だと言ったのは父親だったと研究所の職員から聞いた。
本当に二人が『運命の番』だったのかどうか解らないまま、その片割れは死んでしまった。
「鷹宮くんは、保護欲を掻き立てられるぅっと騒いでいる職員が何人かいましたよ」
大きな事故があったと聞いた。
それに天城と、その双子の兄、そして二人の母親も巻き込まれたこと・・・・・・・・
天城を残し、二人が亡くなったこと・・・・・・
それ以降、天城は研究所に来なくなった。
天城の父親は、それまで以上に研究に没頭するようになった。
なんの研究をしているのか、警備が厳重過ぎて探ることは出来なかったが・・・・・・・・・
「本人は他人と関わることを恐れているように感じましたけど」
年齢的に学園に通わされ・・・・・
好都合なことに天城と接触できたが・・・・・・天城はいつも一人だった。
同じΩの生徒達も天城を遠巻きにして誰も近寄らず・・・・・・咲良も迂闊に何回も近寄ることが出来なかった。
会話することも数回、それも短い時間。
そして、学園の潜入捜査員として獅童紅刃が派遣された。
紅刃は幼い頃に天城と会ったことがあり、天城に一目惚れをしていると聞いた。
捜査に私情を挟むなんてと思ったが、天城を連れ出すには好都合なのかもとも思った。
「鷹宮くんは、紅刃のことをさっぱり覚えて無かったみたいですけど」
天城の後ろを付いて回る紅刃・・・・・あんな彼は初めて見た。
まぁ、教室で天城にキスをしたのは行き過ぎた行為だと、天城に同情したが・・・・・・
何はともあれ、天城を、若干一名おまけも連れて街を脱出した後は、この行為がただの誘拐事件ではないとのことを天城の父親に説明して・・・・・・おこうとしたのだが、連絡が取れず・・・・・・
その時はもちろん、協力者、おまけに連れ出した望月黄馬の母親の存在は伏せておくつもりだが、彼女との連絡もつかず・・・・・・
天城の父親、研究所への捜査計画の見直しは『牙』本部で引き続き行われている。
咲良達が所属している第七部隊は一旦任務を外れ・・・・・・・
「咲良ちゃんは大丈夫なの?」
大きな目で見詰められ、咲良は苦笑する。
「僕は大丈夫ですよ?」
幼い頃、この都から少し外れたスラム街を彷徨っていた時に拾われた。
親の顔は知らない。
拾ってくれたのがイイ人だった。
子供を授かることが出来なかったという老夫婦が、Ωであると知りながら咲良を大切に育ててくれたのだ。
Ωと言うだけで、どんな仕打ちを受けるのか・・・・・・・あの研究所に潜るまでは、他人事だった。
「カウンセリングも受けていますから」
「まぁ寮には零ちゃんもいるしね・・・・・・咲良ちゃんの心のケアは大丈夫かなぁ」
「リーダーもいますし」
「そうね・・・・・有栖ちゃんは隊員の全てをお見通しだから」
ふふっと笑って、光矢は咲良の頭にぽんっと手を乗せた。
「でも、咲良ちゃんと紅刃ちゃんのことまでは、どうなんかなぁ?」
「さぁ?どうなんでしょうね?」
光矢の手が桜の頭を優しく撫でる。
「咲良ちゃんの片想いは続行中、かぁ」
「はははっ・・・・・・」
乾いた笑い・・・・・頬は引き攣る。
「複雑だわぁ、人間関係・・・・・・・・咲良ちゃんは紅刃ちゃん、紅刃ちゃんは天城ちゃん、天城ちゃんは双子のお兄ちゃん?火爪ちゃんも天城ちゃんで・・・・・・」
「光矢」
火爪は目を開けて、身体を起こした。
火爪が既に覚醒していたことは気付いていた。
火爪が身体を起こしたことで、彼の腕の中で天城がぼんやりと目を開ける。
「おはよ、天城ちゃん」
視界に飛び込んだ光矢をジッと見詰める。
「こう・・・・・・や・・・・・・ちゃ?」
何度か瞬きを繰り返した天城の手が光矢に伸ばされる。
「光矢ちゃん?無事だったのかか?」
「天城ちゃん・・・・・・あたしのこと、心配してくれてたの?なんて良い子!」
火爪の腕から掻っ攫うように光矢は天城を抱き締めた。
「ちょっ・・・・・・光矢ちゃん!」
胸を顔に押し付けられて天城は慌てるが、光矢は嬉しそうだ。
「このまま、私の胸で溺れてもいいのよぉ!!」
「溺れられるほど立派なものをお持ちじゃないじゃないのにね?」
ボソッと零した咲良の呟きは、しっかりと光矢の耳に届いていた。
「咲良ちゃん、ちょっとお話があるの」
優しく天城から腕を解いて、ツカツカと咲良に歩み寄ると、その耳を引っ張って外へと連れて行った。
「大丈夫か、天城」
背後に置いてあったバックパックからタオルを取り出す。
「とりあえず顔を洗っておいで・・・・・・きれいな水は出るが、飲んじゃダメだからな」
「・・・・・・はい」
タオルを天城の肩に掛け、場所を教えた。
家具店の一角、従業員専用と書かれた扉を押して、天城が扉の向こう側へ消える。
窓ガラスは粉々に割れ、天井も崩れて朝陽が差し込んでいる。
鏡はヒビが入った程度で済んでいた。
蛇口を捻ると、勢いよく水が出る。
ここは安全・・・・・・いや完全に安全とは言えない。
天城を一人には出来ない。
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