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第47話 【 獅童火爪の場合 】

【 獅童火爪の場合 】 気付くと、火爪は大きな広間の中央に座っていた。 目の前には・・・・・・・滅多に顔を合わせない和装の祖母が背筋をピンッと伸ばして座っている。 「お前が、この獅童家の跡取りです」 無表情にそう告げた祖母に対し、これは夢なんだと冷静に分析していた。 この場面には見覚えがあった。 火爪の兄、つまり獅童家の長男が鬼龍院家に嫁いだ・・・・・いや、半ば強引に、拉致のように連れ去られた日の事だ。 「アレのことは忘れなさい」 兄はΩだった。 獅童家は代々αの家系・・・・・・Ωだった兄は疎ましく思われていた。 火爪も兄に会ったのは数回程度しかない。 αである弟達とは離され、いつも独り、離れの家で淋しそうに過ごしている姿を遠くから何度か見かけたことがある程度だけれど。 それでも、彼は火爪と紅刃の兄だったのだ。 目が合えばニッコリ笑って手を振ってくれるし・・・・・・ 話しかければ、ちょっと戸惑いながらもちゃんと答えてくれた。 その兄が連れて行かれた。 黒服の男達が何人か屋敷に踏み込んできて、離れを襲撃し・・・・・・・この家の人間はその間何もしなかった。 何も出来なかった、ではなく、何もしなかった、なのだ。 襲撃時、火爪と紅刃は不在だった。 以降、兄との連絡も取れず・・・・・・ ただ・・・・・・・兄を連れて行った、兄を番としたαが兄の『運命の番』だということが救いだと思った。 『運命の番』に出会える確率は低い。 そんな相手に巡り合えたのだとしたら、きっと兄は幸せにしてもらえる。 この家にいるよりも、ずっと・・・・・・・・・ 祖母は兄の事を常にアレと呼び、穢れた者を見るかのような目を向けていた・・・・・・火爪はギリッと唇を噛んだ。 「俺はこの家を継がない」 火爪から向けられるキツイ眼差しを受けながらも、祖母は涼しい顔で返答する。 「お前はこの獅童家の跡継ぎです」 「跡継ぎは兄貴だ」 「アレは死にました」 「はぁ?」 火爪は感情的に、片や祖母はまるで感情が篭っていない。 そんな二人のやり取りに、冷や冷やしながら事の成り行きを見守っていた祖母の付き人だったが、祖母が長男の死を口にした途端、青褪めて下を向いた。 彼の死を報告したのが、火爪がこの部屋へ足を踏み入れる数分前の事だった。 「死んだ?」 祖母ではなく、彼女の背後に控えている男に視線を向ける。 「先程鬼龍院家から連絡がありました・・・・・・・事故死とのことです」 事故の詳しい内容は聞いていない。 こんなことなら、しっかり聞いておけばよかったと男は後悔した。 事故とはどのようなものだったのか・・・・・・ 「お前が獅童家の跡継ぎです」 祖母はもう一度口にした。 彼女は一片の動揺も見せず、じっと火爪を見詰めている。 「俺は跡を継がない!」 どんっと畳を叩いて立ち上がり、祖母を見下ろす。 「俺はこの家を出て行く!」 そう宣言しても、祖母はなんの感情も現さずに・・・・・・・ただ、静かに火爪を見上げた。 祖母の口がゆっくり開く。 なにか言葉を発しているようだが、声が聞こえない。 表情からは何を言っているのか読み取れない。 ならば、口の動きから・・・・・・・そう思った瞬間、ぐにゃりと祖母の姿が歪んだ。 祖母の背後に控えていた男の姿は既にない。 部屋の中も霞んでいき、闇が飲み込んで行く。 夢が終わる・・・・・・・・? やがて、自分以外なにも無くなった。 真っ暗な空間に、ぽつんと独り・・・・・・・・冷たい風が身体を吹き抜けていく。 「・・・・・・寒い」 両手で自分の身体を抱き締めて膝を折る。 肩を掴んだ手に力を加える。 「寒い・・・・・・・・蒼威」 何度も繰り返し見る前世の記憶の中に出てくる火爪の、いや、炎帝と呼ばれる男の番。 大きな漆黒の翼を広げて、炎帝を包み込むΩ。 「蒼威」 炎帝の全てを受け止めてくれる唯一の存在。 彼がいれば他には何もいらない。 蒼威以外何もいらない。 冷たい風が肌を刺し、ぎゅっと目を閉じた。 「・・・・・・・・・蒼威」 何度目かに蒼威の名を呼んだ時、火爪を取り巻く風が変わった。 「大丈夫・・・・・・俺が側にいますよ」 ふわっと甘い匂いが鼻を擽った。 「炎帝」 温かな風が火爪を包み込む。 火爪はホッと息を吐き、自分を包み込んできた腕の中で薄らと目を開ける。 「大丈夫・・・・・・炎帝、俺達はずっと一緒・・・・・・俺は貴方から離れはしない」 後頭部を撫でる手・・・・・・ 耳に響く心地良い声・・・・・・ 「蒼威」 柔らかな笑みを浮かべた蒼威が目の前にいた。 火爪は漆黒の翼を広げて自分達を包み込む蒼威の頬に向かって手を伸ばす。 蒼威の頬に触れた火爪の手の上に蒼威の手が重なる。 「炎帝、俺は貴方のモノだ・・・・・・貴方を独りにしない」 「俺も・・・・・・蒼威、お前を・・・・・・・・・」 独りにはしない・・・・・・・そう口にしようとしたが、急激に襲ってきた睡魔に力が抜けていく。 瞼が重い・・・・・・開けていられない。 「あ、お・・・・・・・い・・・・・・・・・」 柔らかな笑顔を浮かべた蒼威の顔が近づいてきて・・・・・・・・触れるだけのキスを交わした直後に、ぷっつりと意識が途切れた。 咲良と光矢は建物の陰に身を隠しながら、天城と火爪の気配を辿った。 「火爪先輩、鷹宮くん!」 火爪を守るように抱き締めた天城は、放心状態で虚空を見詰めている。 「天城ちゃん・・・・・・火爪ちゃん?」 駆け寄った光矢の手が火爪に触れると、びくりと天城の身体が震えた。 「鷹宮くん?」 背後から咲良が天城の身体を支える。 「・・・・・・しら・・・・・・み、ね?」 「ちょっ、鷹宮くん!」 がくっと力が抜けた天城を抱き止める。 「天城ちゃん!」 「・・・・・・ほつ、まさ・・・・・が・・・・・・・・・」 天城は随分体力を消耗しているようだった。 「大丈夫、火爪先輩は気を失っているだけだから」 なぜこのような状況になっているのかは解らないが、火爪はまだ目覚める気配がない。 「天城ちゃん、立てる?」 「・・・・・・っ、は、はい」 光矢に手を借りて立ち上がるが、すぐに膝が折れ、光矢と咲良が慌てて支えた。 「鷹宮くん?」 「天城ちゃん」 「ご、ごめ・・・・・・なんでか解らないけど、足に力が入らなくて・・・・・・」 天城は自分が今どんな状態なのか把握できていないようだ。 咲良はそのまま火爪を肩に担いで立ち上がる。 「とりあえずココから離れないとね・・・・・・光矢は鷹宮くんをお願いします」 少女の身体で男子高校生の身体が支えられるのか・・・・・などという疑問が天城の脳裏を過ったが、すぐに光矢の手によって肩に担がれ呆然とする。 「天城ちゃん、軽すぎだわ・・・・ちゃんと食べなさいよ?」 軽々と担がれ・・・・・・・ 「・・・・・・・・・・はい」 天城は素直に返事をした。

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