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第53話 【 灰邑 零の場合 】

【 灰邑 零の場合 】 どんな獣でもトロトロにする薬だ、と言われて渡された一見紅茶の缶を、普段紅茶を飲まなさそうな男に譲った。 いや、正確には押し付けた、だけどね。 彼が紅茶を飲んでいる姿なんて見たことがなかった。 缶を渡した時だって、最初は突っ返された。 もちろん、怪しい薬が入ってるなんて言う訳ない。 鷹宮天城くんは紅茶好きかもしれない・・・・・・なんて独り言のように呟いたら、缶をすっと持って行った。 そもそも、天城くんが彼の部屋を訪れるとも限らないし、紅茶好きとも限らない。 きっと棚の奥に追いやられて、賞味期限が切れた頃に出てくる・・・・・みたいな? 「・・・・・・零、どうした?」 ワイングラスを片手に僕の前にやって来たのは、僕にその、とても素晴らしいお薬をくれた張本人。 「有栖」 第七部隊、リーダーの白雪有栖。 僕とアイツの事を思ってくれたんだろうけど、いや、本人は面白がってるんだろうな。 だいたい、アイツが今どんな任務に就いてるのか知らないし(部隊が違うし、守秘義務があるから当然だ)、いつ来るかも解らない。 連絡なしに突然来たりするから、なんの用意も出来ない 毎回、来るときは一本連絡入れろって言ってるのに。 「飲んでるか?」 ほろ酔いって感じかな? 有栖の頭がフラフラ揺れてる。 「この間有栖がくれた、とぉっても気持ちよくなれるっていうお薬なんだけど」 こんなこと大きな声では言えないから、お互い顔を近づけてコソコソと話す。 「獅童火爪くんにあげたんだけど」 有栖が大きな目を更に大きく見開いて僕を見てくる。 珍しく有栖が驚いてるなぁ。 「火爪にあげちゃったの?あいつ、一番使わなさそうじゃないか?」 「あげちゃったんだけどぉ・・・・・・それが、さっき連絡があって」 あ、笑っちゃいそうだ。 「天城くんと一緒に飲んじゃったって」 解毒剤なんてないから、しっかり介抱してあげてね・・・・・・ 僕は飲んだことがないから、どれくらいの効果が出て、どれくらいの持続性あるのかは解らないけど・・・・・・ どんな獰猛な獣でも一口でトロットロに蕩けちゃうらしいから、なんて話の途中で、携帯端末に掛かって来た通話が切れた。 「・・・・・・火爪にはちゃんと説明したのか?」 「ん!今したよ?」 「いまぁ?」 事後説明。 有栖が頭を抱えてるけど、あんた、そういうもんを僕に渡したんだよ? 「獅童くんが、天城くんを無理矢理どうこうってことにはならない、でしょ?」 炎帝と蒼威の生まれ変わり。 僕の目の前で光の矢に貫かれた蒼威、我を忘れて暴走した炎帝・・・・・・・ 一つの島が沈んだあの日、僕は・・・・・・・・ 蒼威の事を、羨ましいと思ったんだ。 「零、このこと紅刃には」 獅童紅刃・・・・・あの子は前世の記憶を夢として見てるけど、聞いてる限りじゃ僕ら側の人間じゃない。 あの子の周囲には白い翼がいたって言うし・・・・・・ 白い翼は僕らの敵側にいて・・・・・・ 「言いませんよぉ、解ってます・・・・・任務に支障が出るようなことはしません」 まぁ、昔の話、前世での話を今生に引きずろうとは思わないけど。 「零、なんか機嫌悪いのか?」 「そう見えます?絶好調ですよ?さっきのマグロ捌き、見てたでしょ?」 訓練の一環として海に出ていたチームが・・・・・お土産持って帰りますと、意気揚々連絡をくれたと思ったら、まさかマグロ一匹持ってくるなって誰が想像する? まぁ、TVで捌いてるところを見たことがあったから、なんとかなったけど。 「マグロの目玉・・・・・・はい、有栖、あ~んっ」 大きなスプーンにマグロの目玉を乗せて、有栖に差し出す。 有栖の頬が引き攣って、スプーンの上の目玉を凝視している・・・・・・リーダーにこんな顔をさせられるのは、僕くらいかな? くいくいっとスプーンを動かして、観念して口を開けと誘導する。 有栖は小さく息を吐いて、覚悟を決めたみたいだ。 「あ、あ~っ」 大きく開けた有栖の口に向かってスプーンを持っていく・・・・・・ もう少しで口の中に目玉が入る、はずだったのに、スプーンを持っていた手をガシッと掴まれた。 よく陽に焼けた、ゴツゴツした男の手・・・・・・ その手に強く引っ張られて、スプーンは有栖から大きく逸れて・・・・・・ぱくっと! 「あ」 「はぁぁぁぁ?」 もぐもぐと咀嚼し、ゴクンと喉が上下する。 ぺろっと唇を舐めて、僕の手からスプーンを取り上げた。 「時間がない。白雪、零は連れて行くぞ?」 「ん?あ、あぁ」 あぁ、じゃないっ! 「おいっ!ちょっ、待て!なんだよ、いきなり!」 いつ帰って来たんだ! 何勝手に他所の寮に入って来てるんだ! 連れてくぞって何だ! 僕はモノか! 目の前に現れたヤツに対して、僕は言いたい事がいっぱいあり過ぎて、それでも何から言っていいのか迷って、口をパクパクしてたら、ヤツは掴んでいた僕の手をそのままぐいっと引っ張って・・・・・その勢いで僕を肩に担いだ。 「明日の零の予定は?」 どうして僕に直接聞かない! どうして有栖にお伺いを立ててるんだっ! 「夕方までには起きられるようにしてくれ」 「了解した」 夕方ってなんだ! お前も、了解したってなんだ! 僕の都合はどうでもいいのか! 「降ろせ馬鹿!」 ジタバタしたって無駄だってことは分かってるけど、ジタバタせずにはいられない! このまま大人しく喰われてたまるか! いつもいつも、お前の好き勝手にはさせないっ!

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