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第55話

自室に戻って、扉に背を預け、そのままズルズルと座り込む。 両手で自分の頬を挟み、ゆっくりと息を吐き出した。 息・・・・・・熱い。 「・・・・・・・・・まだドキドキしてる」 頬も熱い、耳も熱い、身体中が熱い・・・・・・ たぶん今背中に翼が浮かんでる・・・・・・・・見ないけど。 俺、火爪さんの部屋で、火爪さんのベッドで・・・・・火爪さんの腕に抱かれて寝てた。 火爪さん、いい匂いしてたなぁ。 大胆だったな、俺・・・・・・・・え?アレ俺だったの? いやいや、俺だよ。 火爪さんの出してくれた、灰邑さんがくれたっていう紅茶らしきモノは、実は媚薬で・・・・・・媚薬って、初めて飲んだ。 しかも、凶暴な獣でさえトロトロにしてしまうっていう、すごく強力なものだったらしい。 俺も火爪さんも一口くらいしか飲んでないのに、我を忘れて、あんな・・・・・・ あぁ、身体が熱くなる。 火爪さんに甘えて・・・・・・首、噛んでって強請って・・・・・・・ つまり、番にしてくれって頼んだわけで・・・・・・自分から、そんなこと言ったのって初めてで。 俺の事を、蒼威って呼ぶから、その蒼威に嫉妬までして・・・・・・嫉妬ってのも初めて、かな? 蒼威・・・・・・って? 何回か聞いたことのある名前・・・・・・火爪さんは、俺に向かって蒼威って・・・・・・ 俺が蒼威ってこと? 実感は湧かないけど・・・・・・・・・例の、前世が関係してるのかな? 部屋の奥、ベッドサイドに置いてある目覚まし時計が鳴ってハッとする。 学校行かなきゃ・・・・・・その前にシャワー浴びて・・・・・ドタバタしながら、今朝の出来事を頭の端っこの方に追いやった。 クローゼットから制服を取って、時計を見れば、そろそろ寮を出ないと遅刻する。 朝食は・・・・・・食べてる時間はない! 腹は何かモノを入れろと催促してくるが、そんな暇がない! でも、授業中、シーンとしている時に腹が鳴くのは恥ずかしい。 気合だ・・・・・・気合で腹に力を入れれば乗り切れる! いや、乗り切るんだ! こういう時に限って紅刃と会わないなぁ・・・・・ハッ! 紅刃にばかり頼ってちゃダメだ! 自分で出来ることは自分でやらなきゃ! あの街を出て、黄馬もまだ目を覚まさない今、俺は独りだ! 大丈夫・・・・・・やれる! やってみせる! って言うか、今日は珍しく誰ともすれ違うこともなく、そのまま寮を飛び出して、白雪学園へ向かって走る。 走って走って、とにかく青春映画に出てくる主人公のように走ったから、ちょっとだけ時間に余裕が生まれて購買部に向かった。 飴かクッキーか、何かちょこっと腹に入れられれば・・・・・・ 『牙』の部隊に所属していれば、その支給された携帯端末でいろいろ買えるらしいし。 なのに、その携帯端末・・・・・・・・・忘れた。 たぶん机の上に置きっぱなしになってると思う。 ガラスケースの前に突っ立って頭を抱える俺を、不思議そうに見てる店員さん。 ご慈悲を・・・・・・・・・なんて言えるはずもなく。 ガックリと肩を落として方向を変え、教室へ歩き出す。 階段を上り始めて、上着のポケットの中でチャリッと音が鳴った。 あれ? この制服、いつもより大きい気がするけど・・・・・・俺、縮んだ? 袖口から指先だけしか出てない。 「あれ?この鍵?」 上着のポケットから出てきた鍵についているキーホルダーに見覚えがない。 鍵の形も微妙に違う気がする。 俺の勘違いかな? まぁいっか。 鍵をポケットの中に戻して、教室に急ぐ。 あれ? 今俺を追い抜いて階段を上がっていく子、普通科コースじゃないのか? 制服の色が違う。 俺が通っている特別コースと普通科コースは校舎が違うはずだ。 迷ったのなら教えてあげないと・・・・・・ここから普通科コースの校舎にくらいなら案内出来る。 「な、なぁ、君!」 俺に出来ることを、一つ一つやっていこう。 普通科コースの子はその場で足を止めて、振り返った。 すごい・・・・・・ 俺から、全く知らない子に声を掛けたなんて前代未聞、黄馬が知ったら驚くだろうな。 この子の付けてる校章の色から判断して、β・・・・・・だな。 Ωの俺なんかが声を掛けたりしたら、拙かったかな? 彼は階段を上り切った所で俺を待ってくれていた。 「あ、あの・・・・・・ココ、特別コースの校舎で」 「ソレ、獅童先輩の隊服?」 普通科コースの校舎は・・・・・・え? 獅童、せんぱ・・・・・い? 「あんたが鷹宮天城?」 え?俺の名前、どうして知って・・・・・・・・・? 随分冷たい目を向けてくるけど、俺、初対面の君に何かした? 「獅童先輩を誘惑する尻軽Ωって、あんたの事だよね?」 は? 今何て言ったのか、確認しようとした瞬間、ドンッと肩を押されて・・・・・・ 俺の手は何も掴めずに空を切って・・・・・・・ 階段を転げ落ちて・・・・・・ なんとか両腕で頭は死守したんだけど、背中から壁に激突して息が詰まった。 「・・・・・・・・っ、痛」 くらくらと揺れる視界の中、階段の上を見上げたけど、そこには誰もいなくて・・・・・・・・・ まさか幻を見たってわけじゃないよな? 俺、今突き落とされたんだよなぁ・・・・・・なんて、冷静な分析をしつつ、意識を手放した。

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