55 / 73
第55話
自室に戻って、扉に背を預け、そのままズルズルと座り込む。
両手で自分の頬を挟み、ゆっくりと息を吐き出した。
息・・・・・・熱い。
「・・・・・・・・・まだドキドキしてる」
頬も熱い、耳も熱い、身体中が熱い・・・・・・
たぶん今背中に翼が浮かんでる・・・・・・・・見ないけど。
俺、火爪さんの部屋で、火爪さんのベッドで・・・・・火爪さんの腕に抱かれて寝てた。
火爪さん、いい匂いしてたなぁ。
大胆だったな、俺・・・・・・・・え?アレ俺だったの?
いやいや、俺だよ。
火爪さんの出してくれた、灰邑さんがくれたっていう紅茶らしきモノは、実は媚薬で・・・・・・媚薬って、初めて飲んだ。
しかも、凶暴な獣でさえトロトロにしてしまうっていう、すごく強力なものだったらしい。
俺も火爪さんも一口くらいしか飲んでないのに、我を忘れて、あんな・・・・・・
あぁ、身体が熱くなる。
火爪さんに甘えて・・・・・・首、噛んでって強請って・・・・・・・
つまり、番にしてくれって頼んだわけで・・・・・・自分から、そんなこと言ったのって初めてで。
俺の事を、蒼威って呼ぶから、その蒼威に嫉妬までして・・・・・・嫉妬ってのも初めて、かな?
蒼威・・・・・・って?
何回か聞いたことのある名前・・・・・・火爪さんは、俺に向かって蒼威って・・・・・・
俺が蒼威ってこと?
実感は湧かないけど・・・・・・・・・例の、前世が関係してるのかな?
部屋の奥、ベッドサイドに置いてある目覚まし時計が鳴ってハッとする。
学校行かなきゃ・・・・・・その前にシャワー浴びて・・・・・ドタバタしながら、今朝の出来事を頭の端っこの方に追いやった。
クローゼットから制服を取って、時計を見れば、そろそろ寮を出ないと遅刻する。
朝食は・・・・・・食べてる時間はない!
腹は何かモノを入れろと催促してくるが、そんな暇がない!
でも、授業中、シーンとしている時に腹が鳴くのは恥ずかしい。
気合だ・・・・・・気合で腹に力を入れれば乗り切れる!
いや、乗り切るんだ!
こういう時に限って紅刃と会わないなぁ・・・・・ハッ!
紅刃にばかり頼ってちゃダメだ!
自分で出来ることは自分でやらなきゃ!
あの街を出て、黄馬もまだ目を覚まさない今、俺は独りだ!
大丈夫・・・・・・やれる!
やってみせる!
って言うか、今日は珍しく誰ともすれ違うこともなく、そのまま寮を飛び出して、白雪学園へ向かって走る。
走って走って、とにかく青春映画に出てくる主人公のように走ったから、ちょっとだけ時間に余裕が生まれて購買部に向かった。
飴かクッキーか、何かちょこっと腹に入れられれば・・・・・・
『牙』の部隊に所属していれば、その支給された携帯端末でいろいろ買えるらしいし。
なのに、その携帯端末・・・・・・・・・忘れた。
たぶん机の上に置きっぱなしになってると思う。
ガラスケースの前に突っ立って頭を抱える俺を、不思議そうに見てる店員さん。
ご慈悲を・・・・・・・・・なんて言えるはずもなく。
ガックリと肩を落として方向を変え、教室へ歩き出す。
階段を上り始めて、上着のポケットの中でチャリッと音が鳴った。
あれ?
この制服、いつもより大きい気がするけど・・・・・・俺、縮んだ?
袖口から指先だけしか出てない。
「あれ?この鍵?」
上着のポケットから出てきた鍵についているキーホルダーに見覚えがない。
鍵の形も微妙に違う気がする。
俺の勘違いかな?
まぁいっか。
鍵をポケットの中に戻して、教室に急ぐ。
あれ?
今俺を追い抜いて階段を上がっていく子、普通科コースじゃないのか?
制服の色が違う。
俺が通っている特別コースと普通科コースは校舎が違うはずだ。
迷ったのなら教えてあげないと・・・・・・ここから普通科コースの校舎にくらいなら案内出来る。
「な、なぁ、君!」
俺に出来ることを、一つ一つやっていこう。
普通科コースの子はその場で足を止めて、振り返った。
すごい・・・・・・
俺から、全く知らない子に声を掛けたなんて前代未聞、黄馬が知ったら驚くだろうな。
この子の付けてる校章の色から判断して、β・・・・・・だな。
Ωの俺なんかが声を掛けたりしたら、拙かったかな?
彼は階段を上り切った所で俺を待ってくれていた。
「あ、あの・・・・・・ココ、特別コースの校舎で」
「ソレ、獅童先輩の隊服?」
普通科コースの校舎は・・・・・・え?
獅童、せんぱ・・・・・い?
「あんたが鷹宮天城?」
え?俺の名前、どうして知って・・・・・・・・・?
随分冷たい目を向けてくるけど、俺、初対面の君に何かした?
「獅童先輩を誘惑する尻軽Ωって、あんたの事だよね?」
は?
今何て言ったのか、確認しようとした瞬間、ドンッと肩を押されて・・・・・・
俺の手は何も掴めずに空を切って・・・・・・・
階段を転げ落ちて・・・・・・
なんとか両腕で頭は死守したんだけど、背中から壁に激突して息が詰まった。
「・・・・・・・・っ、痛」
くらくらと揺れる視界の中、階段の上を見上げたけど、そこには誰もいなくて・・・・・・・・・
まさか幻を見たってわけじゃないよな?
俺、今突き落とされたんだよなぁ・・・・・・なんて、冷静な分析をしつつ、意識を手放した。
ともだちにシェアしよう!