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第56話
「蒼威」
この人は、俺をそう呼びながら抱き寄せ、膝に座らせて髪を梳く。
「蒼威は俺が守るよ」
その手は、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと、優しく俺に触れて・・・・・・
俺は、その手が離れないように、しっかり掴んだつもりだったのに、ふわっと煙のように消えてしまった。
俺はただ独り・・・・・・さっきまで一緒にいてくれた人の姿を探して、周囲を見回した。
「・・・・・・・・・・兄さ、ん?」
そうだ・・・・・・さっきの人は俺の兄・・・・・・あ、にぃ?
待て待て!俺の兄貴は双子の、天音だけだったはず。
でも、俺は今、さっき煙のように消えてしまったあの人を・・・・・俺の兄だと認識している。
「蒼威」
さっきの人の・・・・・・兄さんの声がする。
周囲にその姿は無くて、声だけが聞こえてきて・・・・・・・・・
「蒼威」
この声、なんか安心する・・・・・・あれ?最近も聞いたことあるぞ?
いったい何処で?
「蒼威、起きなさい」
起きる?
いやいや、起きてるでしょ?
「さぁ、起きなさい・・・・・・・大丈夫、蒼威、お前は独りじゃない」
独りじゃ、ない?
待って、周囲には他には誰もいないんですけど?
今だって声だけで・・・・・・
俺の他には誰も・・・・・・・・・
ふっと意識が浮上し、薄っすらと目を開けた俺の目に飛び込んできたのは・・・・・・・・・・
「とう・・・・・ま、先ぱ、い?」
自分と同じように後ろ手に縛られて床に転がされている当麻先輩の姿だった。
意識がないみたいで、ピクリとも動かない。
え?まさか・・・・・・・いやいや、生きてますよね?
耳を澄ましてみれば、ちゃんと呼吸してるのが解ってホッと息を吐いた。
一見怪我はなさそうだけど・・・・・・
で、ココ何処?
全体に薄暗くて、埃っぽくて、ちょっと寒い。
おまけに、身体のあちこちが痛くて、なぜか後ろ手に縛られてて・・・・・・?
その腕をほんのちょっと動かしただけで、脳天突き抜けるくらいの激痛が走って・・・・・・・
歯を食いしばって、額を床に擦り付けて、その痛みが和らぐのを待って・・・・・・・・・
階段から落ちたことを思い出した。
正確には、落ちたんじゃなくて、落とされた・・・・・・かな?
俺を押した人の顔は逆光でよく見えなかったし、制服の色から普通科コースの人ってことだけは解ってるんだけど。
何か言われたような気もするけど?
「鷹宮?」
考え事をしてたから、いつの間にか目を覚ましていた当麻先輩に名前を呼ばれたことに気付かなかった。
名前を呼んでも反応しない俺にムッとしたのか、身体を捩って、少しずつ俺に近づいて来て・・・・・・
「鷹宮?」
ズイッと目の前に当麻先輩の顔がドアップで迫って来て我に返った。
「とっ、当麻先ぱっ!ぐっ!!」
ビクッと身体が跳ねて、ズキンッと全身に激痛が走って沈む。
「鷹宮、お前やっぱり階段から落ちたのか?」
やっぱりって?
目尻にじわっと涙が浮かんで・・・・・・・
「踊り場で倒れてる鷹宮を見付けたのは俺なんだけど・・・・・・状況からして、階段から落ちて気絶したんだろうなとは思ったんだが、その後なぜか・・・・・・」
こんなことになっていた、と続けて、当麻先輩は首を捻った。
俺も、ゆっくりと事情を説明した。
特別コースに普通科コースの生徒を見付けて、校舎が違うと声を掛けようとして階段から突き落とされた・・・・・・と。
「突き落とされたっていうのは穏やかじゃないな・・・・・・そいつに心当たりはあるのか?」
知り合い何ているはずないし、突き落とされる前、何か言われたような気がするんですけど覚えてない。
「それで、目が覚めたら目の前に当麻先輩が・・・・・・」
「しっ!ストップ、鷹宮・・・・・・お前寝てろ、絶対起きるな」
は?寝る?
「寝ろ!」
小声でギロッと睨まれて口を噤む。
なぜか当麻先輩が焦っているようで・・・・・・言われた通り身体を横たえて、キュッと目を閉じた。
「眉間の皺」
小声で指摘されて、力を抜くように努力する。
自然体・・・・・・普通に寝てるってに見えるようにしないといけない。
ゆっくり呼吸を整えて・・・・・・
次の瞬間、ガチャンと音がして、瞼の裏に光が当たった。
「あんだよ、もう起きちまったのか?」
聞き覚えのない声・・・・・・当麻先輩は寝たふりをしなかったんだ。
「いい夢は見れたか、葛西?」
当麻先輩の知り合い?
薄目を開けて様子を窺えば、ぐいっと髪を引っ張られ、当麻先輩の目の前に不敵な笑みを浮かべた男がいた。
「お前っ・・・・・くっ・・・・・・」
男の太い指が当麻先輩の顎を掴んだ。
「可愛い後輩に怪我させたくねぇなら大人しくしてな?」
「鷹宮に手を出すな」
俺が当麻先輩の足手纏いになってる?
あ、こっち向いた!
緊張から全身に力を入れてしまって・・・・・・ギュッと目を瞑る。
ひゅっと息を止めてしまったけど、俺が起きてることに気付いてはいないようだ。
「こいつも可愛い顔してるじゃねぇか」
誰かに髪に触られた・・・・・・誰かって、この男しかいないんだけど。
「やめろ!鷹宮に触るな!」
「こいつ、まだ誰とも番になってねぇじゃん?」
は?何言ってんだ!
バキッ
「なんだぁ?」
突然聞こえた破壊音に男が口を閉じた。
何かあったみたいだけど・・・・・・起きていい?
当麻先輩からまだ合図がないみたいだけど・・・・・・大丈夫なんだろうか?
「なんだ?おい、どうした?」
男は立ち上がり、ココから出て行ったようだ。
外がザワザワと騒がしくなった。
「鷹宮、起きろ!」
「・・・・・・・はい」
当麻先輩を視界に入れ、何度か瞬きを繰り返す。
「さっきのヤツが戻ってくる前に逃げるぞ!」
「逃げるってどうやって?」
力任せに腕を動かすが、手首を縛っているモノが外せない・・・・・・それどころか、更にきつく締め付けられた。
全身を駆け巡る激痛に身体はずっと悲鳴を上げている。
「鷹宮、反対向け・・・・・・俺が口で」
当麻先輩の言う意図が分かり、俺は先輩に背中を向けたのだが・・・・・・
「先輩?」
「・・・・・・・・・いや、無理だ・・・・・・無理、ごめん」
俺達の手首を固定していたモノはロープでもなく、布でもなく、手錠のような金属製のものでもなく・・・・・・・・・
「な、なんですか?」
嫌な予感がしつつ、振り返った俺に、当麻先輩がそっと自分の背中を向けた。
後ろ手に回された当麻先輩の手首に巻きついているモノ・・・・・・
「うわっ」
当麻先輩の手首に巻きついているモノと目が合い、頬が引き攣る。
「へ、蛇って・・・・・・俺のも?俺にも蛇?」
自分の手首に巻きついているモノは見えないが、大人しくしていないと咬まれるかもしれない。
とてもじゃないが、口で外すなど出来そうもない。
でも、このままってわけにも・・・・・・・・逃げるなら今、ですよね?
俺はそっと、手首に巻きついている蛇を刺激しないようにそっと上体を起こし、部屋の中を見回した。
スチール棚にダンボールの数々。
倉庫として使われている場所のようだ。
随分上の方に窓はあるけど、嵌め殺しになっていて人が出入りできるようなものではない。
扉は開けられたままになってるけど、なにやら外は騒がしい。
この部屋の外にいるのは一人や二人・・・・・・というわけではないようだ。
そして、横になったままの当麻先輩を見下ろした。
「当麻先輩?」
微かに震えているように見えるけど?
「・・・・・・俺、爬虫類全般・・・・・・・・・ダメ、だから」
「ん?」
蛇がダメなんですね・・・・・・・クスッと笑みが零れる。
「鷹宮?」
振り返った当麻先輩の目には薄っすらと涙が溜まっていた。
まさか泣くほど苦手だったなんて。
「先輩、動けそうですか?」
蛇巻いたままですけど・・・・・・俺も蛇は触れません。
ましてや、口で蛇を外そうだなんて無理。
更に外がどうなってるか解らないから、迂闊に飛び出すのも危険・・・・・・
「・・・・・・・無理」
はい?
当麻先輩、今ちょっと涙声じゃなかった?
「・・・・・・誠志郎」
その名前は・・・・・・当麻先輩の・・・・・・・・・
「呼ぶのが遅いぞ、当麻」
ガタンッと何かが倒れ、開けっ放しの扉の向こうを何かが吹っ飛んで行った。
「当麻?」
現れたのは当麻先輩の番の・・・・・・小田切誠志郎さんだった。
光を背にして、その表情がよく見えなかった小田切さんが部屋の中に足を踏み入れた。
「・・・・・・あ・・・・・・・・・せいし、ろぉ」
「じっとしてろ」
小田切さんは当麻先輩を腕の中に収め、蛇を引き千切った。
その手が触れた瞬間、蛇はジュッと粉々に崩れ、指の間から零れ落ちた。
「鷹宮、お前もソレをこちらに向けろ」
小田切さんに言われた通りに身体の向きを変えて、その指が俺の蛇をも砕き、自由になった手を前に持って来て腕を摩った。
手首にはしっかり跡がついていて・・・・・・
ちょっとヒリヒリして・・・・・・・
「あ、あの・・・・・・すいません」
「いや、謝罪はこちらから・・・・・・君は、ウチの当麻の巻き添えを食らった形だ・・・・・・すまない」
当麻先輩の、巻き添えって?
俺のせいで当麻先輩まで捕まってたんじゃなくて?
最初に会った時睨まれたから怖い人かと思ってたけど・・・・・・なんか、小田切さんの印象が、イイ人に変わったっぽい?
バタバタと足音が近づいてきて、小田切さんは一旦話を切った。
「葛西先輩、鷹宮くん、二人共無事・・・・・・ですね?」
そう顔を覗かせたのは白峰だった。
「天城、動けるようなら二人を止めてくれないか・・・・・・火爪と紅刃が暴れてるんだけど、もういいって言っても止まらなくて」
白峰の背後から白雪リーダーが顔を覗かせる。
えっと、でもリーダーの言う事を聞かないんじゃ、俺が言っても聞いてくれるとは・・・・・・
そもそも暴れてるってなんなんです?
「あの・・・・・・俺が言って二人を止められると思います?」
俺何か変なこと言いました?
小田切さんは我関せずで当麻先輩の様子ばかり気になってるみたいで・・・・・・
当麻先輩は構ってくる小田切さんの相手をしていて、こっちのことは聞いてないみたいだし・・・・・・
白峰とリーダーは不思議そうに顔を見合わせて・・・・・・
「あぁ、絶対に止められる!」
「ですよね?鷹宮くんが原因で暴れてるんだから」
お、俺が原因って何?
「二人の気が済むまで暴れさせてやればいい」
いきなり話に入って来た小田切さんに視線が向けば、当麻先輩をそれはそれは大事そうに抱き締めていて。
「救出後の第一抱擁を他人に盗られたくなければだが?そもそも、鬼の形相で現れた二人に対して一瞬で腰を抜かした連中だ・・・・・・ちょっと冷静になれば」
「小田切先輩、ご自分の部隊に戻らなくていいんですか?」
呆れ顔の白峰がそう問えば・・・・・・
「こいつの震えが止まるまでは戻れん」
小田切さんの背中に回された当麻先輩の手は、指先にまだ十分な力が入らず、微かに震えている。
その表情は小田切さんの胸に顔を押し付けているため見えないが、彼の耳は真っ赤だ。
「それに、外で暴れているアイツらの事より当麻と鷹宮・・・・・二人には治療が必要だ」
「じゃぁ、医療塔へ」
リーダーの言葉に頷いて、小田切さんが立ち上がる。
「へ?うわっ!ちょっ、誠志郎!!」
突然抱き上げられ、当麻先輩が宙に浮いた足をバタつかせる。
「こら、当麻、大人しくしろ」
そのまま、小田切さんは当麻先輩を横抱きにし、恥ずかしくて両手で顔を覆った彼を御満悦の表情で見下ろしながら部屋を出て行った。
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