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第58話
「・・・・・・・・・蒼威」
誰かに呼ばれた気がして、ハッと目を開けた。
「あれ?」
今自分が置かれている状況を理解するためにグルッと周囲を見回す。
ここは寮の・・・・・・蒼風館の、俺に宛がわれた部屋、ではなくて。
あの後、じゃんけんに勝ったのは紅刃だった。
満面な笑顔の紅刃に抱き上げられる前、火爪さんが着ていた上着を羽織らせてもらって・・・・・・
外で待機していた車に乗せられて、医療塔へ向かった。
ずっと紅刃に姫抱きされたまま移動して、その前だったり後ろだったりに火爪さんがいてくれて・・・・・・・
白衣を着た熊男、もとい、大吾さんに指示されるまま、いろんな検査を受けて・・・・・・
取り敢えず、骨に異常はなくって良かった。
擦り傷には薬を塗ってもらって、身体のあちこちに湿布を貼られて・・・・・・
一度目を覚ましたって言う黄馬の病室に連れて行ってもらって、寝顔を見てから寮へ帰って来た。
今朝、俺が出掛ける前に着て行ったはずの上着が失くなっていて・・・・・・
そのポケットに部屋の鍵が入ったままだったってことで、部屋の鍵を替えるまで、念のために別の部屋に移れと言われた。
寮の警備体制は万全で、結界もしっかりと、強固なモノが張られているらしいけど・・・・・・
空いている部屋に、ってことだったのに・・・・・・
火爪さんが真剣な顔で、俺を独りにしないようにって、傷の事もあるし、夜中に熱を出すかもしれないって白雪リーダーに・・・・・・
じゃぁ、火爪さんが俺の面倒を見るようにって白雪リーダーに命じられて・・・・・・
申し訳ないと思いつつ、火爪さんの部屋にお邪魔したんだ。
そう言えば、あの時・・・・・紅刃が何か言おうとして、白雪リーダーに羽交い絞めされてたな。
白峰は側で呆れてたけど、助けてやろうという気はなかったみたいだ。
カーテンは開けられたまま、月の光がぼんやりと部屋の中を浮かび上がらせている。
サイドテーブルに置いた目覚まし時計は、午前二時を指していた。
「・・・・・・草木も眠る丑三つ時、ちゃらら~ん」
シンと静まり返った部屋の中、自分の声が妙に大きく鮮明に聞こえて布団を頭から被った。
無駄に広すぎるだろ、この寝室・・・・・・ぎゅっと目を閉じた。
この部屋の主である火爪さんは、ソファで寝るからと・・・・・・火爪さんのベッドを占領してしまっている。
本当なら、俺がソファで寝るべきなのに。
「蒼威」
すぐ真上から声が降ってきて、体が強張る。
さっき部屋の中を見回した時は誰もいなかった・・・・・・現に、今も気配を感じない。
布団を握る手に力を込めた。
「蒼威」
名を呼ぶ声は、火爪さんのものでも、紅刃のものでもない。
「ココは強硬な結界が張ってあって、これ以上は手を出せない・・・・・・だが、近いうちに必ず迎えに来る」
布団から覗いていた俺の髪に触れる感触があった。
「我らが総大将・・・・・・が・・・・・・お前を欲している」
バタン!
「天城!」
名を叫ばれて、布団を跳ね上げて飛び起きた。
身体中が悲鳴を上げたけど、かまうもんか!
「天城、無事か!」
部屋の入口から飛び込んできたのは、火爪さんだった。
そのままベッドから飛び出して、一度も振り返らず、火爪さんに向かって転がるように駆け寄り、広げられた火爪さんの腕を掴んだところで漸く振り返った。
誰もいない。
「・・・・・・なんだったんだ?」
そこには誰もいなかった。
でも、さっきまで俺の髪に触れられていた感触が残っている。
「微かに妙な気配が残ってるな・・・・・・寝室から天城以外の声が聞こえたから・・・・・・様子を見に来て良かった」
ぎゅっと火爪さんが強く抱き締めてくれる。
妙な気配が残ってるって・・・・・・素人の俺にはさっぱり解らないけど。
「どっかに結界の綻びがあるのかもしれないな・・・・・・明日朝一でリーダーに報告しる。すぐに修復を・・・・・・」
「こんな時間に申し訳ありませんが」
パッと廊下の照明が点灯した。
声のした方向から・・・・・・白峰が大欠伸をしながら近づいてきた。
「えぇっと・・・・・・今の状況、紅刃が見たら何て言い訳するんですか?」
「咲良、鍵はどうした?」
「開いてましたけど?」
離れて離れて、と白峰の手が俺達を離す。
身体は火爪さんから離したけど、俺の手は、無意識に火爪さんのTシャツの裾を掴んでいた。
離せなかったんだ・・・・・・なぜか解らないけど、怖くて・・・・・・
白峰も、この手を離そうとはしなかったし。
「何かが結界の中に侵入したようなんです。僕も叩き起こされたんですが、現在何人かで周囲を捜索してます・・・・・・で、何かありました?」
白峰がぐるっと部屋の中を見回す。
「妙な気配が漂ってますね」
「その侵入したモノが・・・・・・ココに来た、って可能性があるか?」
火爪さんと白峰が、揃って俺を見るけど・・・・・・つまり?
「つまり、狙いは天城だったってことか?」
え?どういうこと?
二人は何頷き合ってんの?
なんで?なんなの?俺、何に狙われてるの?
え?またあの化け物みたいなヤツ?
うそ?マジで?
混乱している俺を放置して、白峰が携帯端末をポケットから取り出して、その画面を火爪さんに見せている。
「皆下に集まってる、話はそこで・・・・・・」
先に行くから、と白峰が部屋を出て行く。
「天城、俺達も行くぞ?」
白峰を見送って、火爪さんに呼ばれた。
頭を抱き寄せられて、くしゃっと髪に指を入れられて、くすぐったくて・・・・・・
「・・・・・・・・・はい」
火爪さんに腰を抱き寄せられて・・・・・・そのまま一緒に部屋を出た。
階段を下りてきた俺達を見付けて、紅刃がすぐさま駆け寄ってきた。
「天城、起きて大丈夫なのか?」
紅刃の手が伸びてきて・・・・・・その手を避けるように、腰に回されていた火爪さんの腕にぐいっと引っ張られて。
「・・・・・・兄貴」
「お前、騒がしいぞ・・・・・・天城は疲れてるんだ」
「・・・・・・あ、あの、ごめん、心配掛け・・・た」
中途半端に宙に浮いたままだった紅刃の手を取ると、彼は柔らかな笑みを浮かべた。
「いや、辛かったら俺がまた姫抱きしてやるけど・・・・・・・」
俺に向けられたニッコリ笑顔のまま、紅刃の視線が俺の腰に回された腕に落とされる。
「兄貴、いつまで天城にくっついてんだ?」
「本人が嫌がってねぇからいいんじゃねぇの?」
「あ゛?」
ぐいっと紅刃に引っ張られて、火爪さんの腕が外れた。
すんなり腕が外れたことを、紅刃は怪訝そうな顔で火爪さんを見てる。
「なんだよ?」
火爪さんの手が、ぽんっと紅刃の頭に乗せらた。
「・・・・・・・・・別に」
「よし!全員注目!」
ぱんっと柏手が一つ。
白雪リーダーが自分に注意を引いたことで、全員の視線が一点に向けられた。
「皆聞いてくれ・・・・・・何かが結界の中に侵入した形跡があった」
そう言って白雪リーダーが手にしていたモノを掲げて・・・・・・
その指先には鍵があって、その鍵にはキーホルダーが・・・・・・・・・って、あの鍵は!
「その鍵は」
今朝着て行った上着のポケットの中に入ってた鍵だ。
そう思った瞬間、白雪リーダーがこちらを向いた・・・・・・思考を読まれたんだろうけど。
「俺の部屋の鍵だ」
え?
思わず声のした方を振り向けば、火爪さんとバッチリ目が合った。
「火爪さんの・・・・・・鍵?」
あ・・・・・・俺、火爪さんの隊服、返してなかった。
今朝はバタバタしてて・・・・・・クローゼットから引っ張り出したのが、火爪さんので・・・・・・・
そう言えば、あの時・・・・・・階段から落ちる前。
すれ違った普通科の子が言った・・・・・・
「ソレ、獅童先輩の隊服?」
その子は、あの制服が火爪さんのモノだって気付いてた。
その後、何か言われて・・・・・・肩を押されて・・・・・・階段を転げ落ちた。
「階段下で倒れている天城を見付けたのは当麻だったな」
気付いたら、当麻先輩と縛られて床に転がってた。
その時には既に上着は着てなかった。
移動する際に捨てられたんだと思ってたけど・・・・・
その上着のポケットに入ってた鍵が、この寮の結界に風穴を開けるために使用されたと言うのなら。
「・・・・・・俺のせいで」
「違う。天城のせいじゃない」
紅刃はそう言って抱き締めてくれるけど、どう考えたって俺のせいだろ?
俺が、さっさと火爪さんに隊服を返していれば・・・・・・
朝、俺がちゃんと自分の制服を着て行っていれば・・・・・・
俺が、階段から落ちなければ・・・・・・
変な奴らに捕まったりしなければ・・・・・・・・起こらなかった問題だ。
全ては俺が引き起こしてしまった事。
白雪リーダーはずっと俺を見てる・・・・・・俺の考えていることを読んでいるんでしょ?
怒ってます?
それとも、呆れてます?
俺は・・・・・・どうしたらいいでしょうか?
「そうだな・・・・・・じゃぁ」
白雪リーダーが口角を上げ、悪戯っ子が、何かいい事思いついたみたいな表情でニッと笑う。
嫌な予感しかしない。
「取り敢えず、天城には、明日、絶望の森に行ってもらおうかな?」
はい?
絶望の森と言われますと・・・・・・
例の、旧館へ続く、あの裏山の・・・・・・?
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