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第61話
「あ、気が付いた?」
空はいつの間にか紺碧に染まっていた。
白峰に顔を覗き込まれて体を起こす。
額に乗せられていたらしい濡れタオルが落ちた。
「大丈夫?」
あの後・・・・・・光の膜に張り付くように現れた異形のモノの姿を見て気絶してしまったようだ。
「大丈夫・・・・・ごめん」
テントの中には俺と白峰しかいない。
ずっと俺の事を介抱をしていてくれたみたいだ。
「ところで、火爪さん達は?」
「もう一つのテントで、合流した光牙と、鷹宮くんをどう鍛えるかっていう計画を練ってます」
「・・・・・・・聞かなきゃよかった」
ん?こうが?
こうま、じゃなかったのか・・・・・・本人に会って名前呼ぶ前に気付けて良かった。
再び上体を倒して両手で目を覆う。
こんな森の中に、独りぼっちで置いていかれなかっただけマシだと思う事にしよう。
「渡した御守・・・・・・今みたいに身体が疲れているときや、考え方が暗い方向にしか向かない時には絶大な効果を発揮するはずだから」
え?そうなのか?
白峰からもらった御守を上着のポケットから取り出したら、気のせいなのか、仄かに淡い光を放っているように見える。
「咲良・・・・・・天城起きてるみたいだけど、いけそうか?」
火爪さん?
「今晩はこのまま・・・・・・森の気に馴染むまでそっとしておいた方がいいと思う」
「・・・・・・そうか」
入口の布が捲りあがり、顔を覗かせたのは火爪さんだった。
「咲良、交代制で見張りに就く。お前は光牙と組め、二時間後には起こすから今の内にしっかりと寝ておけ」
「は~い」
ゴソゴソと白峰が寝袋を用意し始めたのをぼんやりと眺めていると・・・・・・
「その二時間後に、俺と天城だから」
テントに入って来た火爪さんに、ぽんぽんと頭を軽く叩かれた。
「え?あ、はい」
俺もちゃんと役目があるんだな・・・・・・がんばらなきゃ。
「ふわあぁぁっ・・・・・・さぁて寝よ、寝よ」
大きな欠伸をしながらテントに入って来た光牙は、そのまま・・・・・・
さっきまで俺が寝ていた場所までやって来て、ニッコリ笑う。
俺に何か用なんだろうか?
なんて思ったら、突然光牙に抱きつかれて・・・・・・
「天城ちゃん、一緒に寝よう!」
光牙に押し倒されたんだけど・・・・・・・火爪さんの手によって、すぐさま叩き出された。
「火爪ちゃん痛い!」
懲りずに俺に向かって手を伸ばす。
「お前は咲良と寝ろ・・・・・・天城は俺と寝る」
「まぁ、咲良ちゃんでもいいけどぉ」
「でも、って言う言い方が気に入らない」
光牙は白峰の寝袋に入れてもらえず、その上から白峰を抱き締めて、寝袋に額をごしごしと擦りつけた。
きょろっと周囲を見回すと、紅刃だけがいない。
最初に紅刃が見張りに立ってるってことなんだろうな。
「・・・・・・光牙、咲良、うるさいぞ」
火爪さんの低い声が名前を呼ぶと・・・・・・それまで、寝袋攻防戦を繰り広げていた二人が、ぴたりと大人しくなった。
「・・・・・・・・・大人しく寝ますぅ」
光牙は白峰を抱き締めたまま・・・・・・・・
火爪さんは、他にも寝袋が用意してあったのに、俺の隣にごろんと寝転がった。
「火爪さん、寝袋は・・・・・・・」
使わないんですかって聞こうとしたけど、寝返りを打った火爪さんとバチッと目が合って、ドキッと心臓が跳ねた。
火爪さんの口角がニッと吊り上る。
「じゃぁ天城の寝袋に入れてくれるか?」
「・・・・・・・は、入りますか?」
俺の言葉は、そんなに驚くことですか?
火爪さんの目が、そんなに真ん丸になるなんて・・・・・・・
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
きょっ、恐縮です!
ゴソゴソと火爪さんが、俺と身体を密着させてきて・・・・・・・
「おやすみ、天城」
俺、火爪さんに腕枕してもらってる・・・・・・・・
「お、おやすみなさい・・・・・・火爪さん」
ぎゅっと目を閉じる。
見張りの交代に備えて、少しでも寝ておかなきゃ・・・・・・・
火爪さんの腕の中、暖かい・・・・・・・・・
イイ匂いする・・・・・・・
気持ちいい・・・・・・
無意識に寝返りを打って、火爪さんの胸に縋って・・・・・・・
白峰に叩き起こされるまで深い眠りに落ちていた。
見張りの交代の時間だと、光牙が俺を揺り起こそうと試みたらしいのだが、まるで死んだようにピクリとも反応せず・・・・・・
白峰の容赦ない鉄拳が振り下ろされたのだ。
「・・・・・・もうちょっと優しく起こしてくれてもいいと思う」
火爪さんとお互い背中を合わせて座る。
護身用にと持たされた短剣を胸に抱き、周囲を注意深く見回した。
聞こえてくるのは、風に揺られる葉の音と、様々な虫の合唱。
それから、随分身近で獣の唸る声が聞こえた。
でも大丈夫・・・・・・俺達は結界の中なんだから。
いきなりは襲われない・・・・・・・・たぶん、大丈夫。
短剣を握っている手がじっとりと汗ばんでいる。
「そんなに緊張していたら二時間持たないぞ?」
久しぶりに聞いた火爪さんの声に、詰めていた息を吐き出す。
「・・・・・・そんなこと言ったって・・・・・・気抜いた瞬間、あそこから何か飛び出して来そうで」
先程から、ガザガサと・・・・・・明らかに何か潜んでいますアピールをしている草むらを指差した。
「あの程度の小物は無視だな、無視無視」
小物って・・・・・・
そりゃ、火爪さん達には小物かもしれないけど、俺は初心者なんですからね!!
白峰達と交代してから、まだ十分も経っていないというのに、着ているTシャツは汗でぐちゃぐちゃだ。
「何か話そうか?」
火爪さんが、俺の気を紛らわそうとしてくれるけど・・・・・・・何を話します?
「た、例えば?」
「そうだなぁ・・・・・・好きなアイドルとか、好きな映画とか・・・・・・最近の、笑っちゃうような失敗談とか?」
いろいろ火爪さんが提案してくれたけど・・・・・・
「ごめんなさい、アイドルとかって解らないです。映画は・・・・・・昔一度だけ怪獣映画を見た事はあるんですが題名が解りません。あとは失敗談?いっぱいありすぎて、何から話せばいいのか・・・・・・」
そして、再び沈黙。
「・・・・・・・・・ごくん」
生唾を飲み込んだ音がやけに大きく聞こえた。
「天城」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれ、思わず声が裏返ってしまって・・・・・・
火爪さんに苦笑されて、俺は咳払いを一つ。
「練習相手が来た」
そう言って火爪さんが立ち上がった。
それまで触れていた背中が冷えてブルッと体を震わせ、俺も続いて腰を上げる。
「練習って・・・・・・何の練習?」
嫌な予感がする。
「随分森の気にも慣れた頃だろう?」
「そんなことありませんが?」
一気に緊張が頂点に達する。
結界の前に、一匹の獣が現れた。
「と、虎?」
体長は俺の身長の倍以上はあるだろう大きな白い虎・・・・・・のように見えた次の瞬間、その背中に大きな白い翼が広げられた。
ギラギラと光る金色の眼が、俺の姿をしっかり捉えている。
「この森には、ああいった類のヤツが多数生息している。天城もアレ位は一人で狩れるようにならないと立派な『牙』にはなれないぞ?」
威嚇するように、妖は低く唸りながら間合いを詰めてくる。
大丈夫・・・・・・結界の中だから。
大丈夫、白峰から貰った御守もあるんだし!
でも、少しでも動けば襲い掛かってきそうで、指一本動かす事が出来ず、俺はその場でただガタガタと震えていた。
「天城」
ぐっと肩を抱くようにして、火爪さんが顔を近づけた。
「大丈夫、俺もいる」
耳元で火爪さんが囁いた。
握っていた短剣に力を込める。
「あの時みたいに、お前の内に眠る力を目覚めさせて、解放させろ」
そっと火爪さんが離れた。
火爪さんが言う、あの時っていつの時の事なのか解らないけど・・・・・・
短剣の切っ先を白き虎へ向けて、大きく深呼吸をする。
バン!!
確実に俺を狙って白き虎が跳躍し、結界に体当たりした。
「そんないきなり都合よく力が解放されるわけな~い!!」
力の限り叫んで、白き虎に背中を向けた。
「火爪さん?」
そこに、先程まで一緒にいたはずの火爪さんの姿はなかった。
俺、火爪さんに見捨てられた?
そう思った瞬間だった。
背後で獣の咆哮が上がり、反射的に振り返ると、そこに火爪さんがいた。
「斬!」
柄から切っ先まで真っ赤な刀を振り上げ、その鋭い刃が白き虎の胴を真っ二つに斬り裂いた。
たしか・・・・・・『赤獅子』っていう名の刀だな。
どす黒い体液が勢いよく噴出して、火爪さんを濡らす。
「・・・・・・・火爪さ、ん」
やっとのことで搾り出した声は酷く掠れていた。
「鍛え甲斐がありそうだな・・・・・・・天城」
微かに笑ったように見えた。
鍛えるんじゃなくって苛めるの間違いじゃありませんか?
それから何度も、火爪さん曰く、俺の気配に釣られた異形のモノが続々と現れたが、尽く火爪さんの返り討ちにあった。
そうして、長かったような、短かったような、自分に割り振られた見張りの時間は過ぎていき・・・・・・夜が明けた。
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