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 傍若無人な匡成の態度が、雪人には何よりも嬉しい。素直に返事をすれば髪を掴んでいた手が放されて、雪人は再び匡成の腰に頬を擦り寄せた。その頭上から、思い出したような声が漏れる。 「おい雪人」 「はい」 「お前がどんな性癖だろうが構わねぇがな、俺以外にそれ見したらほっぽり出すから覚えとけよ」 「はい…」  恥じらいに頬を染めながらも嬉しそうに頬擦りする雪人を、匡成は呆れたように見下ろす。長年付き合いのある友人がまさかこんな性格…もとい性癖の持ち主だったことには驚きを隠せないが、ある意味それは自分のせいだという自覚も匡成にはあった。 「しかしお前…そんなんでよく今まで我慢してたな」 「一度…そういうような店に行ってみたんだが…無理だったからお前だけだ…」 「どんな店だよそりゃあ…」 「俗にSMクラブと言うらしい。それとオカマのいる店に行ってみた」  あっさりと言う雪人に苦笑が漏れる匡成だ。だが、つい興味を引かれる。 「そんで、ケツでも叩かれて来たのかお前は」 「そう思って物は試しと行ってはみたが…あんなものは二度と御免だ。小遣いをくれてすぐに帰ってきた」  余程気に入らなかったのか、憤慨したように吐き捨てる雪人である。その顔は、どこからどう見ても男で、むしろ男前と評されるに相応しく整っているのだから困ったものだ。  だが、匡成が馬鹿かと、そう言って呆れたように軽く頭を叩けばすぐに雪人はへにゃりと相好を崩した。 「匡成だけだ…」 「あぁそうかよ」  本当に、とんでもない男に好かれてしまったものだと思う匡成は、改めて部屋を見まわして溜息を吐く。  嫌がらせでも何でもなく、ただ純粋に匡成を喜ばせようと雪人が用意した部屋は、明らかに女でも口説くためのそれだった。なのに雪人自身は「女になりたい」と、しかも子供を産みたかったと言って泣いたのだ。  その異常さに、さすがの匡成も眩暈を覚える。  三十年前のあの日、「女にしてください」などと言わせなければこんな事にはなっていなかったのだろうかと考えて、匡成は小さく頭を振った。考えるだけ無駄である。  だいたい匡成自身、あの日以降女を抱かなかった訳ではないが、どうにも雪人の媚態を思い出してしまって参っていたのだ。実の息子が男に走ったと知った日でも、まぁ仕方がないかと思ってしまった。  だからと言って、雪人との関係を周りの人間にバラすつもりはさらさらない匡成である。もし話す時がくるとしたなら、それは雪人が今の地位を退いてからだ。国内最大級の企業グループのトップとヤクザが恋仲だなど、そんなスキャンダルは御免である。  幸い、匡成はもとより本宅に帰るような生活をしていなかったし、雪人も表向きの立場は弁えていた。世に忍んで関係を続けていく事はこれといって困難ではないだろう。  いい加減逆上せそうだと湯舟から上がった匡成は、寝台の上にある大きな花束を持ち上げた。さすがにこればかりは女性向きとは言えないと思えば苦笑が漏れる。なにせでかすぎるのだ。 「おい雪人。こりゃあお前、女にやるもんじゃねぇだろ」 「え?」 「てめぇで持ってみりゃ分かる」  そう言って匡成は雪人へと花束を放り投げる。慌てて受け止めた雪人が案の定その重さによろめいて、匡成はニッと口許を歪めてみせた。 「分かったか?」 「重い…」 「女の扱いがなってねぇな」  くくっ…と短く嗤って匡成は花びらの散った掛布をバサッと勢いよく持ち上げた。部屋の中を盛大に舞う花びらを眺め、可笑しそうに言う。 「おーおー、綺麗なもんだ」 「そんな事はしたことがない…」 「はん? いちいち手で払うよか面白くっていいだろうが」  綺麗さっぱり花びらのなくなった寝台の上、ごろりと躰を横たえた匡成が雪人を手招いた。僅かに顔を赤くしながらもどこか嬉しそうに隣に寝転がる雪人の肩を抱き、匡成が耳元で囁く。 「女抱くときみてぇに優しく抱いてやろうか」 「ッ!!」  一瞬にして雪人の顔が真っ赤になる。その顔が意外にも可愛くて、匡成は参ってしまった。女のようにと言っても、雪人は男だ。だが同じようにはいかなくとも、普通に抱くことはできる筈だった。  物足りないと、雪人がそう言ったのなら仕方がないと思う。ともあれ、これまで匡成は普通に雪人を抱いたことなど一度もなかった。物は試しと、そういう訳である。  雪人の脚の間に差し込んだ腿で下肢を擦り上げながら口付ける。タオルを巻いただけのそこは、そう時間をかけずに質量を増した。  唇を合わせたまま雪人の上へと乗りあがった匡成の手が下肢へと伸びる。タオルを押し上げている雪人の雄芯を握り込んでゆるりと扱きあげた。 「あっ…ん、ま…さなり…」  ゆるく頭を振る雪人の手が、匡成のそれに重なった。どうしたと小さく問えば、雪人の顔がことさらに赤みを増す。 「っその…、そこは…嫌だ…」 「お前まさか躰が男なのも気にしてんのかよ?」 「ぅぅ…」  小さく呻く雪人がすべてを語っていて、匡成はどうしようもなく遣る瀬無い気持ちになる。 「なあ雪人。お前が女じゃなくっても、俺はお前が好きで、可愛いと思ってるよ。それでも嫌か?」 「ほん…とに…?」 「阿呆か。嫌いだったら弄らねぇよ」 「男でも…いいのか…?」 「お前な、どっからどう見たって男だろぅが」  不意に、どうして雪人がそこまで女に拘るのかと、その理由に思い当ってしまって匡成は黙り込んだ。 「まさ…なり…?」 「お前よ、俺が女にしてくれって強請れっつったから気にしてんのか」 「っ…だって…そうじゃなきゃ抱いてくれないってお前が言ったんじゃないかっ。お前が好きなのは女で…でも俺は男でっ、女だったら良かったのにって…そう思ってっ、…俺はっ」  必死に胸にしがみ付きながら言う雪人に、どれだけこの男は純情なのだろうかとそう思う。 「あー…そっか…」  ぽつりと呟いて、匡成は胸にしがみ付いたままの雪人の躰を一度だけ強く抱きしめた。 「まさな…」 「悪ぃ…」 「ぇ…?」  唐突な謝罪に、傷ついたように小さく声を漏らす雪人を匡成が寝台の上に張り付けるようにして見下ろした。そのまま、呆れたように笑う。 「お前は馬鹿だな。女よりも男のお前を抱きてぇって言ってんだよ」 「ッ!!」  匡成は平らな胸へと口付けて小さく笑った。目の前の男の躰を余すところなく手で確かめる。屹立をゆるく握り込めば、やはり嫌がるようにゆるく頭を振る雪人がいて、不謹慎にも可愛いなどと思ってしまうのだ。 「嫌がるんじゃねぇよ。俺が好きなもん全部愛させろ」  小さな嗚咽が頭上から聞こえてくる。三十年もこの素直な男は自分の言葉に振り回されていたのだと思えば、年甲斐もなく愛おしいなどと思ってしまう匡成だ。  それからゆっくり時間をかけて、匡成は宣言通り雪人を優しく抱いたのだった。  翌朝。ちゃっかりと右手の薬指に嵌められた指輪に匡成は苦笑を漏らし、次いで腕に乗った雪人の頭を引っ叩いた。 「人の上で寝たふりしてんじゃねぇよ」 「せっかく仕事が午後からなんだ、二度寝くらいしたい」  ごそごそと動いた雪人は、頭を乗せていないほうの匡成の腕を掴んで引っ張ると自分の上に乗せてしまう。まるで雪人を抱き締めているような態勢になった匡成は呆れたように笑った。  小さく揺れる胸に、雪人が頬を寄せる。その顔は頗る幸せそうだ。 「匡成……好きだ…」 「今頃かよ」 「お前が悪いんだ。あんな紛らわしい事を言うから…」 「阿呆。だからって女になろうなんぞ普通は思わねぇだろ。どんだけ天然なんだお前は」  苦々しい口調で匡成が言えば、雪人はふっ…と小さく笑った。 「思うよ。ただ女ってだけでお前に抱いてもらえる子たちが羨ましかった…」 「お前…よく衒いもなくこっ恥ずかしい事言えんな…」 「恥ずかしい事言わせたがるくせに」 「そりゃお前、恥じらってっからいいんだろうが。堂々と言うんじゃねぇよ色気もねぇ」  渋い顔をする匡成を腕の中から見上げた雪人は、コツン…とその胸に額を当てた。 「年甲斐もないって…言わないか…?」 「くくっ、そりゃお互い様だろうが。惚れた腫れたに年なんざ関係ねぇよ」 「そうか…」  その言葉通り、しばらく年甲斐もなく思う存分甘いひと時を過ごした匡成と雪人だったが、腹が減ったという匡成の一言でようやく寝台を抜け出した。  軽く躰を流し、身支度を整えた匡成はだが三十分後、昼食を共にと、そう言った雪人に連れられた場所に絶句することとなった。  バラバラと翼が風を切る独特の爆音と、それが巻き起こす風。宿泊していたホテルの屋上にあるヘリポートに着陸しようとする一機のヘリは、もちろん雪人が呼んだものである。  強風に煽られる前髪を押さえるように額に手をやった匡成の低い唸り声は、当然雪人の耳には届かなかった。  それから一時間と三十分。匡成が連行されたのは岐阜県の小さなレストランである。落ち着いた雰囲気と静かな店内。ゆっくりとランチをするにはうってつけだろうとは思う匡成だ。が、しかし。 「オイコラ雪人…」  匡成の地を這うような低い声に、だが雪人は動じなかった。 「どうしたんだそんなに怖い顔をして。店のスタッフが怖がるだろう?」 「誰のせいでこうなってると思ってやがんだ」 「旨い肉が食いたいと言ったのはお前だろう」  そう、確かに匡成はシャワーを浴びている最中に昼食は何が良いかと聞いてきた雪人に『旨い肉』と、そう答えていた。それは事実だ。だが。 「だからっつって誰が岐阜まで肉を食いに行くと思うってんだああ?」 「仕事には間に合うから問題はない」 「そうじゃねぇだろ」 「うん? もしかして飛騨牛が気に入らないのか? すまん匡成…、さすがにこれ以上移動に時間をかけられなくてな…。今度時間があるときにまた違う肉を食いに連れていくから我慢してくれ」 「く…っ」  目の前にある鉄板の奥に人が出てきて、匡成はぐっと歯を喰い締める。これ以上雪人と話をしていたら手を出しかねない匡成だ。 「俺は仕事があって飲めないが、匡成はビールでいいか?」 「……ああ」 「どうしてそんなに不機嫌なんだお前は。飯が不味くなるだろう」 「てめぇのせいだよクソッタレが」  吐き捨てるように言う匡成に、雪人が小さく息を吐く。 「まったく…仕事なんだから仕方がないだろう。駄々をこねるな」  呆れたように首を振る雪人に、匡成が鋭い舌打ちを響かせたことは言うまでもなかった。

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