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 馬鹿みたいに広い部屋は、いつもの事だ。廊下を進みメインルームに入ったところで、匡成はその足を止めた。誰もいないと思っていた部屋に、雪人がいたのだ。 「あん?」 「ん?」 「なんだお前居たのかよ」 「匡成…!」  嬉しそうに微笑んで抱きついてくる雪人を、匡成は苦笑を漏らして抱きとめる。 「って事は、さっき着いたのは甲斐か」 「ん? ああ、到着したと連絡はあったな」 「で? お前は随分と暇そうじゃねぇかよ」  ソファへと移動しながら匡成が言えば、雪人は小さく笑った。 「待ってたら、お前が来るかと思ってな」 「はん? 俺はまんまとお前の予想通りの行動をしたわけか」 「お前の性格は、充分把握しているんでな」  自慢げに言う雪人の頭を軽く撫でて、匡成は煙草を吹かす。匡成自身、記者会見の前に来れば雪人がいるんじゃないかと、そんな予感もあって来ているのだ。お互い様である。 「しかしまあ、随分とでかい騒ぎだな」 「それはそうだろう。これくらい反応してもらわないと、こっちが困る」  さらりと言い放つ雪人に苦笑を漏らし、匡成はテレビを点けた。ザッピングするまでもなく映し出されたワイドショーでは、これから始まる記者会見の前情報として雪人本人の姿が映し出されている。  思わず隣を見れば、雪人もまたさすがに眉根を寄せた。 「こう…画面越しの自分は…あまり見たいものではないな…」 「何言ってやがる。お前の下で働いてるタレントはどうなんだよ」 「彼らは…それが仕事だろう。俺は違う」  困ったように雪人が言うのも尤もで、大抵はテレビに映る自分など見慣れてはいないだろう。だが、番組側がそんな事を気にする筈もなく、どうやら新旧の会長を比べるような趣旨らしく雪人と甲斐の経歴などをアナウンサーがパネルを指しながら読み上げていた。 「それにしちゃあ、随分と派手な経歴だなオイ? 雪人よ」  揶揄うように匡成は言って、面白そうに画面に見入る。こうして本人が隣に居ればこその楽しさだった。 「何を言ってるんだ…、お前だって知っているような事ばかりだろう」 「そりゃあそうだがな、隣に居る奴がテレビで紹介されんのは、面白れぇよ」 「悪趣味が過ぎる…」  そう言ってテレビを消そうとする雪人の手から、匡成がリモコンを奪い取る。 「なっ」 「ばぁか。人が見てんのに消すんじゃねぇよ」 「どうしてそうお前は人が嫌がる事をするのが好きなんだ!」 「くくっ、お前のそういう反応が面白れぇからだろうが」  諦め悪くリモコンを奪い返そうとする雪人を軽くいなして、匡成はその唇を奪いながら抱き寄せた。 「っふ…ぅ、まさ…なり…っ」 「ま、実物のがいいけどな」  そう言って匡成はあっさりとテレビの電源を落としてリモコンを放り投げた。雪人の腰を抱き寄せる。 「服汚されたくなきゃ脱げ」 「なっ…これから会見だって言ってるだろう…」 「はん? だから汚されたくなきゃ脱げって言ってやってんだろぅが」 「そうじゃ…なくて…」  これから匡成が何をしようとしているのかを察して、雪人の頬が朱に染まる。匡成に抱かれた後に大勢の記者に囲まれ、剰え全国に放送されるなど考えただけで恥ずかしい。だが、困ったことに雪人はそれを想像しただけで全身にゾクリと快感が走るのを自覚してしまうのだ。 「ゃ…匡成…、駄目だ…」 「何が駄目だ? しっかりおっ勃てといて言う科白じゃねぇな」  匡成の言う通り、雪人の下肢はしっかりと服地を持ち上げて存在を主張していた。服の上から雄芯を握り込む匡成の手を、雪人が両手で押さえる。 「待っ…脱ぐっ、…脱ぐから…待て…っ」 「あん?」  不機嫌そうな匡成の低音の声。それだけで雪人はゾクゾクと痺れるような気持ち良さを感じていた。あっという間に、雪人は匡成の言う事を聞くただの犬へと成り下がる。 「っ……待って…ください…」  鋭い舌打ちとともに匡成の手が離れて、雪人は背徳的な羞恥に顔を染めながら服を脱いでいった。一糸纏わぬ姿になって振り返れば、そこには一部の隙もなく服を着たままの匡成がいて。雪人は増々羞恥に身を震わせる。 「欲しけりゃ脱がせろ」 「はい…」  ソファにふん反り返ったままの匡成へと伸ばす、雪人の手が震えていた。丁寧に脱がせたスーツを皺にならないよう綺麗に置く雪人を、匡成が満足げに見遣る。顔どころか胸のあたりまでをも上気させてほんのりと肌を赤く染めた雪人が可愛らしいと思ってしまう。  まだ陽の高い時間で、大きな窓からはこれでもかというくらいに光が差し込んでいる室内。そんな場所で淫行に耽るなどと、そう思いはするものの、一度燻り始めた熱は雪人の全身を蝕んだ。 「ぁ…匡成……抱いて…」 「ケツこっち向けてどうして欲しいかお願いしてみろよ」  匡成の言葉に、雪人は素直に従った。匡成のすぐ横で四つん這いになってみせると、雪人は自らの指で双丘を開いて見せる。 「…ここに…挿れてくださぃ…」 「馬鹿かお前。慣らしもしねぇで入る訳ねぇだろ」  ぴしゃりと尻たぶを打ち据えられて、雪人の口から艶やかな声が漏れた。ただそれだけでも気持ちが良くて、雪人は自ら雄芯へと指を絡ませる。  その様子に、低く喉を鳴らした匡成が吐き捨てるように言った。 「ちょうどいいじゃねぇか、一回イっちまえよ。てめぇの吐き出したもんでケツ濡らしてみせろや」  嘲笑うように言う匡成の言葉に、雪人の背がふるりと震える。自身へと絡ませた指を雪人がゆるゆると動かすたびに僅かに腰が揺れた。 「んっ…ぁっ、はッ、んんッ、…ま…さなりぃ…」 「ああ?」 「っ……叩い…て…」  囁くような雪人の声に、匡成が可笑しそうに嗤う。 「ケツ叩かれなきゃイけねぇなんて、どんだけ変態なんだよお前」 「ぅっ…んっ、ごめん…なさ…っ」  優しく抱かれるのも幸せだが、結局こうして詰られる方が気持ちいい雪人は、匡成に懇願した。 「お願…匡成…っ、叩いて…っください!」 「ったく仕方のねぇ野郎だな。引っ叩いてやっからイってみせろオラ」 「んあッ、あっ、イイっ、まさっ…なりぃッ」  尾を引くような、声にならない声を漏らして雪人は自らの手を白濁に濡らす。ボタボタと滴り落ちる体液を纏わせた指で、匡成に言われた通り後孔を押し広げた。 「っあ、まさな…り…、匡成ぃ…」  ひたすらに匡成の名前を呼びながら、雪人は自ら蕾を割り開く。物欲しそうに疼く襞を指で押し広げナカを掻き回してみても、どうしても物足りない。 「挿れ…て…、匡成…っ、匡成に犯されたいッ」 「ケツ振ってはしたねぇ野郎だなお前は」  言いながらも高く上がった雪人の腰を押さえて躰を起こした匡成は、指が入ったままの蕾を前触れなく貫いた。雪人の口から濡れた悲鳴が迸ろうと、一切気にする様子もない。 「オラ、しっかりケツ上げとけよ変態。抜けちまうだろうが」 「は…あっ、はい…っ」  ガクガクと躰を震わせ、今にも崩れ落ちそうな雪人の膝の間に、白濁に濡れた手が落ちる。座面に顔を埋めながら、雪人は涙を流した。匡成に抱いてもらえる事が、何よりも嬉しい。 「あッ、あっ、…い…い、もっと抉ってくださ…っ」  匡成が抱いてくれるのなら、何だってよかった。恥も外聞もなくすべてを曝け出しても、匡成は行為の時と平時を混同することがないから。  蔑むような言葉で詰られながら、最奥に欲望の飛沫を叩きつけられて、雪人は愉悦のうちにぺしゃりと崩れ落ちた。くぱりと開いたまま震える蕾から滴り落ちる白濁を匡成が指で掬い上げる。 「ぁ…まさな…っ」 「あん? 欲しいのかよ変態」 「欲しい…匡成の精液…ください…」 「くくっ、それ以上はナシだ雪人。俺が離してやれなくなる」  口許へと差し出した指を舐めしゃぶる雪人に、匡成が嗤う。綺麗に白濁の舐めとられた指を引き抜けば、名残惜しそうな目を向ける雪人の頭を匡成はぽんぽんと叩いて立ち上がった。 「風呂だ。付き合え」  それから一時間後、匡成は四角い画面の中に映る雪人とその息子、甲斐の姿をソファに座って眺めていた。自信に満ち溢れた顔と、一部の隙もなくフルオーダーのスーツを纏った雪人は、つい今しがたまで男に抱かれていたなどとは誰も想像しないだろう。  フラッシュが炊かれる度に明滅する画面に思わず苦笑が漏れる。 『これくらい反応してもらわないと、こっちが困る』  さらっとそう言って退けた雪人は、自分の行動ひとつが周囲に与える影響を誰よりも一番よく分かっている筈で。現にこうしてマスコミに騒がれる事ももちろん想定内だろう。  随分と早い引退の理由はもちろん、再婚の予定はないのかというまったく関係のない話まで、次々に記者から投げかけられる質問に雪人は常時穏やかな表情で対応していた。  やがて引退にあたっての質問が一切出なくなった頃を見計らい、雪人がにこりと微笑んだ。 『そろそろ時間も押して参りましたが、この場をお借りして新会長より皆様にご報告がございます』  雪人の言葉に、会場内のざわめきが画面越しにも伝わってくる。そのざわめきも冷めやらぬうちに、甲斐の隣に随分と整った容姿の若い男が立った。 『この度、我が社よりデビューいたします「ハヤト」です。現在すでに……』  そつなく新人を紹介する甲斐の横で、ハヤトと紹介された男が丁寧に腰を折る。その所作はとても落ち着いていて美しい。  ふと、ハヤトというその名前に、匡成は僅かに身を乗り出して画面に見入った。  ―――まさか…いや、間違いねぇ…安芸隼人か…。  どさりと、背もたれに倒れ込む。匡成が思わず額に手をやった訳は、甲斐の隣に立つ男を知っているからだ。  記憶の中の安芸隼人とは見違えるようなその雰囲気と顔つきに、思わず安堵の息が漏れる。匡成が知る安芸隼人は、五歳のまま止まっていた。  組の若い衆…と言っても、末端組織ではあるのだが、そこの連中の慰み者にされていたのが、子供だった安芸隼人だ。事情を聞けば、親は事務所の金をツマんで蒸発。腹いせに事務所の頭が捨てられた隼人を引き取って玩具のようにしていたらしい。それを聞いて引き取ると言い出したのは雪人だ。  十年前とはすっかり見違えるような姿の隼人は十五の筈だが、その雰囲気はかなり大人びている。隣にいる二十歳の甲斐と比べても、同じ年だと言われれば信じるだろう。  年齢本名その他、「ハヤト」に関しては一切の詳細を、会社として公表するつもりがないと甲斐が告げれば、俄かに会場がざわめくのが分かる。  背もたれに深く沈んだまま、匡成は抜き出した煙草を点けると大きく息を吸い込んだ。十年も前の事で、すっかりその存在を忘れ去っていただけに衝撃は大きい。溜息ともつかぬ息を吐き出せば、紫煙が部屋の中に散っていく。  ―――一言くらい言ってけ阿呆…。  心の中で毒づきながら、それでも匡成の表情は穏やかだった。  甲斐の横に立つ隼人を見る限り、子供の頃に見せていた怯えや恐怖、精神的な不安定さは一切ない。子供相手に何をふざけた真似をしているのかと当時ブチ切れた匡成だったが、その闇は思ったよりも深く隼人を蝕んでいた。  本宅にいる若い衆に怯え、ガタガタと震えながら匡成の脚にしがみ付き、ようやく落ち着いたかと思えば、今度はご飯を与えてくださいと、そう言って隼人は匡成のベルトに手を伸ばしたのだ。五歳の子供が…だ。正直な話、匡成でさえ愕然としたのを覚えている。  引き取ってきたはいいものの、本宅に置いておけば隼人の方から若い衆に妙な真似をしかねない。既に嫁を亡くした匡成には荷が重い子供だった。それを雪人が引き取ると言ったのだ。  匡成の家とは違い、雪人の家にはメイドもいる。口が堅く、信用できる者をつけて面倒を見ると、そう言った雪人はきちんと隼人を育て上げたという訳だ。  薄情と言ってしまえばそれまでだが、匡成がそんな事をいちいち覚えているような性格でない事も確かではあった。短くなった煙草をもみ消し、テレビを消した匡成はソファに沈んだまま目を閉じる。ガラにもなく口許に笑みを浮かべたまま、しばらくの時を過ごした。  ドアが開閉される気配に閉じていた目蓋を開いた匡成が首を横に向ければ、つい今しがたまで四角い画面に映っていた雪人の姿がある。  部屋に入った瞬間、真っ黒なその画面に安心したような顔をする雪人に匡成は口の端を釣り上げた。 「そんなに安心しなくていい。しっかりライブ中継で見ててやったからな」 「男前で惚れ直しただろう?」 「ああ、そうだな。一言くらい言っていけ」  否定しない匡成に、微かに驚いたような顔をした雪人が微笑む。 「驚いたか?」 「まぁな」 「お前の事だから、思い出しもしないかと思っていたが」 「忘れてたのは確かだがな」  ネクタイを解きながら隣に腰を下ろす雪人に疲れは見られなかった。匡成などにしてみれば、あんな大勢の取材陣に囲まれて一時間以上を過ごす事は拷問にも等しいが、雪人にとってはそうでもないらしい。 「甲斐も隼人もデカくなったもんだな」 「なってくれないと困るだろう。俺が引退できない」 「さっさと息子に押し付けて引退なんぞ、勝手な親父だなお前は」 「これでも随分我慢はした。そろそろ、報われても罰は当たらないんじゃないか?」  ちゅっ…と小さな音をたてて、雪人は匡成の頬に口付けると微笑んだ。 「それに、仕掛けるのにこれ以上の話題はないだろう? モデル「ハヤト」の名前を、一日にして日本中の誰もが知ることになる」 「強かな奴だよ」 「馬鹿な。これはまだほんの足掛かりだよ。「ハヤト」には、日本を代表するトップモデルになってもらわないと困るんだ」  そう言って穏やかに微笑む雪人の顔は、父親のそれだった。 「あとはもう甲斐に任せて、俺は悠々自適な隠居生活を送らせてもらうよ」 「ハッ、まったくもって良いご身分だな」 「これで、匡成と一緒に居られる時間が増える」  嬉しそうに笑いながら肩に頭を乗せる雪人を横目で見遣り、匡成は低く喉を鳴らして嗤った。 「そんで? どうするか決めたのかよ?」  何を…などとは言うまでもなく匡成も雪人も分かっている。同居の話だ。 「できれば…俺は匡成と一緒に暮らしたい…」 「まあ、そう言うだろうとは思ってたがよ」 「それで…その…やっぱり家に越してきてくれる気はないのか…?」  顔を真っ赤にしながら言う雪人が、何を言いたいのかはおおよその察しがついている匡成だ。匡成と違って、雪人は使用人やメイドのいない暮らしになど慣れてはいない。  ふぅ…と、匡成が小さく息を吐けば、雪人の肩がピクリと揺れるのが分かった。 「ったく、俺はどんだけお前を甘やかしてやらなきゃならねぇんだ、ああ?」 「っ…すまない…」 「言っとくが俺は自分のマンションを引き払うつもりはねぇからな、仕事が忙しい時はマンションに帰る。それでよけりゃあ越してやる」 「匡成…っ」  満面の笑みで抱きつく雪人の頭を撫でる匡成は、なんだかんだ言っても恋人には甘かった。というより、匡成の周りに群がる女たちの甘えは大抵打算を含むが、雪人のそれは一切の打算を含まない。ただ純粋な好意と愛情からくる甘えだ。それが、匡成には心地が良い。  雪人の引退騒ぎがもう少し落ち着いてからという事で同居を了承した匡成は、この後如何に自分の考えが甘かったかを思い知らされる事になるのだが、それはまだ僅かばかり未来の話である。

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