18 / 20

【番外編】押し売りにご用心。

 コンコン…と、小さく窓を叩く音に設楽尊(したらみこと)は閉じていた目をゆっくりと開いた。深夜。病院の駐車場でのことだ。  窓越しに真面目そうな見知った顔を認め、倒していたシートを起こした設楽はドアを少しだけ開ける。相手が僅かに身を引いたのを確認して、設楽は運転席から降り立った。  何度か顔を見た事がある男は、確か名を真崎(まさき)と言ったはずだ。下の名前を設楽は知らなかった。そもそも匡成の側近である設楽と、雪人の私設秘書である真崎に接点はない。 「お疲れ様です、設楽様」  柔らかな声とともに差し出された真崎の手には、缶コーヒーが一本乗っていた。 「どうも」  不愛想に言いながら受け取れば、真崎がにこりと微笑んだ。閉めたドアにもたれ掛かり、設楽は十五センチほど下にある真崎の顔を見下ろした。綺麗な顔だと、そう思う。とは言えど、女性らしいとか、そういう意味ではない。どちらかと言えば真崎は、男らしい整った顔だと思う。 「親父からの言伝(ことづて)か何かか」 「いえ。そういう訳では…。ですが、今日はもう大丈夫だと思います。雪人様に付き添うと、そう仰っていました」 「そうか」  設楽が返事をしても、真崎にその場を動く気配はなかった。まあいいかと、貰ったコーヒーのプルタブを片手で開けて口をつける。 「お腹が、空きましたね」 「ああ?」 「設楽様は、夕食は召し上がりましたか?」 「いや?」  だからどうしたというような顔で設楽が見ている目の前で、真崎が微笑んだ。 「よろしければ、これからお食事でも如何です?」 「こんな時間にか」 「こういった仕事をしていますと、どうしても不規則になってしまいますね。それとも、設楽様は深夜は召し上がらない?」  躰の大きな設楽が健康に気を遣っているとでも思ったのか、首を傾げてみせる真崎に苦笑が漏れる。 「別に気にしてる訳じゃねぇがな」 「では、お付き合い頂けると嬉しいのですが。一人で食事をするのはどうも味気がないもので」  本音なのかただの口実なのかはわからないが、言われてみれば設楽も確かに腹は減っていた。 「付き合うのは構わねぇが、すぐに戻って来れる場所までだ」 「もちろんです。どちらにせよ、設楽様に連絡が入った時点でわたくしも戻る事になるでしょうから」  微笑みながら言う真崎の言葉に、設楽はそれもそうかと納得する。 「アシ(車)はあんのか」 「一応ございますが、よろしければ隣に乗せて頂けませんか?」 「好きにしろ」 「ありがとうございます」  真崎の車がどうであれ、設楽はこの場に車を残していく事は出来ない。どうせ飯を食うだけだと気楽に真崎を車に乗せた事を、設楽はだがすぐに後悔することになった。  ぐらりと、車体がセンターラインを割って、設楽は慌ててハンドルを切る。その姿に、クスクスと笑い声が車内に響いた。 「危ないじゃないですか。ちゃんと運転していてください、設楽様」 「テメェ、ふざけるのもいい加減にしろ」  低く唸る設楽の下半身に、真崎が顔を埋めていた。その頭をどかそうとして、設楽は車体をふらつかせたのである。片手で髪を掴んで唸る設楽を気にした様子もなく、真崎がくぐもった笑いを漏らす。 「これくらいで動揺するなんて、設楽様は割と真面目なんですね」 「野郎にしゃぶられんのなんぞ気持ち悪いんだよ。離れろ」 「女より男の方が良いって、教えて差し上げますよ」  自信満々にそう言って、真崎はむき出しにした設楽の雄芯を唇で食んだ。 「ッ…テメェ…」 「うっふ…おいひい…ひたらはま…」  ずるずるとわざとらしく水音をたてて啜り上げる真崎の舌技は巧みで、ピクリと設楽の腰が僅かに揺れる。いつの間にか、髪を掴む指から力が抜けていた。  住宅街の、車通りの殆どない路地へと突っ込み、車を停車させた設楽は今度こそ本気で真崎の髪をぐいっと引き上げた。 「痛ぅ…っ、さすがに…そこまでされると痛いですよ…設楽様」  喉を仰け反らせて苦笑を漏らす真崎を、見下ろす設楽の目は凍てつくように冷たい。 「売女が」 「ふふっ…わたくしを一晩、買ってはくださいませんか」  ゆるりと、真崎の細い指が唾液に濡れた設楽の雄芯を撫でた。  独身用ではあるが広いマンションの玄関。ドアが閉まると同時に、設楽は易々と真崎の躰を片手で壁へと縫い付けた。脚の間に差し込んだ膝で真崎の躰を軽々と持ち上げる。 「これでは…奉仕が出来ません…設楽様」 「奉仕の前に客をその気にさせんのが先だろう」 「お履き物を汚しても?」 「勝手にしろ」  どう煽ってくれるんだと口の端を歪める設楽の脚の上で、真崎は躊躇いもなく自らの前を寛げた。既に質量を増した屹立を衒いもなく剥き出しにして指を絡める。 「設楽様…貴方の脚の上で乱れるわたくしのはしたない姿を、どうぞご覧になってください…」  うっとりと囁く真崎の顔に、妖艶な笑みが浮かぶ。  くちくちと微かに肉の擦れる音が静かな玄関に響いた。 「ぁ…んっ、設楽様…早く…貴方に奉仕したい」 「大した野郎だな。いつもそうやって男誑かしてんのか?」 「は…ぁっ、そう無粋な事を…仰らないで…ください。今は…貴方がわたくしの所有者です…それでいいじゃないですか」  どこか挑発的な色を纏う真崎の台詞に、設楽は可笑しそうに笑う。面白い男に目を着けられたものだと、そう思った。 「所有者ね…。押し売りしておいて勝手な野郎だな」 「買って後悔させないだけの自信がありますので」 「面白れぇ。精々媚びを売ってみせろよ、一晩お前を買ってやる」  そう言って設楽は膝を下ろすと真崎に顎をしゃくってみせた。どこへでも連れていけと。  真崎が設楽を案内したのは、言うまでもなく寝室だった。ただし、寝台の横にあるテーブルの上には異様な雰囲気を放つ様々な玩具が無造作に乗っている。 「こりゃあ驚いた。お前、本気で売(ウリ)でもやってんのか」 「ご想像にお任せ致します」  どうぞ…と、テーブルの横にあるソファへと誘われ、設楽は呆れたように首を振って腰を下ろした。その足元に、真崎が静かに傅く。 「設楽様…わたくしを、貴方の玩具にしてください」 「とんだ変態だな」 「はい。だから貴方を選びました。貴方なら…わたくしをそこの玩具と同じように扱ってくださるでしょう?」  まただ…と、設楽はそう思う。真崎の台詞には、挑発と懇願の両方が含まれているような気がしてならない。まったく、妙な男だ。 「あんたが俺に何を期待してんのか知らねぇが、面白そうだ。どの玩具で遊んで欲しいか、お前の好みを教えておけ」  迷わず真崎が手を伸ばした先にあったのは、革と金属のリングで出来たペニス用のハーネス。 「ははっ、根っからの変態って訳か。咥えて持ってこい」 「はい」  躊躇いもなくテーブルへと顔を寄せた真崎はハーネスを咥えると、そのまま床を這って設楽の手元に差し出した。 「ひたらはま…」 「立て。目の前で着けてみせろよ」 「はひ…」  ゆっくりと立ち上がった真崎は、ハーネスを咥えたまま服を脱ぎ捨てる。露になった雄芯は既に硬く勃ちあがり、見られて興奮したのか濡れた先端にぷくりと雫を浮かべた。  設楽の目の前には、四肢を拘束された真崎が文字通り転がっていた。左右の手首と足首を革の拘束具で繋いだのは設楽だ。伸ばす事の出来ない膝の間に、真崎が自ら着けたハーネスに戒められた雄芯が反り勃っている。  苦しそうに息を漏らす真崎の口には、シリコン製の棒で出来た猿轡が噛まされていた。 「ふっ…ぅ、うう…ッ」  拘束されただけで感じているのか、とろりと溶けたような真崎の眦にはうっすらと涙が浮かんでいた。 「玩具にされたいんだったか…。精々持ち主を楽しませる反応を見せろよ?」  言いながら見せつけるように太いバイブへとローションを垂らしてやれば、目に見えて真崎の喉が上下する。一瞬、後ろを解すかどうかを悩んだ設楽は、だがそのまま無造作に手に持った無機物を真崎の後孔にあてがった。  焦らす事もせずに一気に襞を割り開く。 「うぐッ、ううぅうッ、あ゛…う゛…」  眦から零れた涙が真崎の蟀谷を濡らした。苦痛と快感の入り混じったその表情が艶めかしくて、設楽は満足げに喉を鳴らす。 「良いツラだ。望み通り玩具として扱ってやるよ」  指先でバイブの尻にあるスイッチをぐっと横にずらせば、くぐもった羽音とともに設楽の手にも振動が伝わってくる。元より敏感な部分に当たるように張り出した形状のバイブは、容赦なく真崎の腰を跳ねさせた。 「ふぐぅッ、う゛う゛…、あぁあ…あッ」  寝台の上でガクガクと躰を震わせる真崎の雄芯からは、とめどもなく透明な雫が溢れては滴り落ちていく。ハーネスで射精を管理されていなければ、間違いなく白濁を吹き上げているのだろう。  苦しいには苦しいのだろうが、むしろそれが真崎の望みである事は明らかだった。  うねる後孔の襞がバイブを食んで、真崎の意志とは関係なく押し出そうとするのが分かる。ふと設楽は口角を歪めた。 「いつまで俺に持たせとくつもりだ? てめぇでしっかりケツに咥え込んでおけよ。指くらい届くだろうが」  ぐいっと一度最奥までバイブを押し上げて、設楽はその手を離す。足首と繋がった手をゴソゴソと動かし、真崎の細い指が今にも抜け落ちそうな玩具の尻を押さえた。そのまま、ゆっくりと押し戻していく。 「あうぅ…うんッ、ふっ…う゛」 「それでいい。好きなように動かして遊んでろ」  あっさりと寝台を降りた設楽はソファに戻ると煙草を点けた。僅かばかり離れた寝台の方から、くぐもった喘ぎとぐちゅぐちゅと卑猥な水音が聞こえてくる。  呻きにも聞こえるが、明らかに快感を含んだ声を聞きながら設楽はテーブルの上に散乱している玩具の中にある小さな箱に目を止めた。一見ちょっと大きめのジュエリーボックスに似たその箱を取り上げると、蓋を跳ね上げる。箱の中身は、ボディピアスだ。  こんな物まで用意してあるところを見れば、真崎は真正のマゾヒストなのだろうと思う。その割に綺麗な肌をしているのが不思議ではあるのだが。

ともだちにシェアしよう!