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第4話 ファーストキス(*)

 酔いが回ったのか、それとも紅葉のつくり出したエロい空気にあてられたのか、臣は身体の深部がじわりと熱を持ちはじめたのがわかった。なるべく紅葉に悟られないように、少し体勢を崩すと、隣りの紅葉が花火を見ながら言った。 「好きだよ、臣ちゃん」 「え?」 「好きだよ」  呪文のように、繰り返す。サンルームの中には林檎と蜜柑がいて、臣たちと同じく花火が上がるのを、今か今かと見守っている。頷く代わりに、臣が紅葉の手に、恐るおそる手を重ねると、ぎゅっ、と恋人つなぎに握り返された。 「好きだとか……よくちょっと前に再会したばかりの奴に言えるな」 「本当のことだからだよ」  そう言って、とろりと笑われると、身体の芯が蕩けそうな錯覚に陥る。  臣は、発する言葉が期待に震えないようにするのが、やっとだった。 「俺には理解できないな」 「俺は、臣ちゃんが思うよりも、きっと、ずっと臣ちゃんのことが好きだよ」 「そうかよ」  そんな甘い言葉を、いつどこで学んできたんだろうと臣は思う。「装置」が決めた婚姻を、こんなに喜んでくれるなんて、臣は幸せなのかもしれなかったが、「好き」の根拠が全くない今は、かえって空虚で、不安になるばかりだった。 「臣ちゃんは?」 「……正直、よくわからない。お前で良かったのかもしれないけど、……わからないよ」 「俺は、臣ちゃんに嫌われたくないと思ってるよ。それぐらいは好きだってことだけど」 「嫌ったりするもんか」  拗ねた口調で、とりあえずフォローだけはしておこうと呟くと、「どうかな」と寂しげに返された。それが気に入らず、臣は思わず紅葉を睨んだ。 「俺たちは「装置」に選ばれたんだから、相性だっていいはずだろ」 「うん」 「だったら、そんなこと思うな」 「うん。臣ちゃん、好き」 「あと好きって軽々しく言うな」 「えー……」  紅葉が困った顔になったので、臣はやっと満足する。虐めっ子体質なのは、ずっと自分の短所なのだと思っていたが、もしかすると加虐嗜好に走りたくなるのは、紅葉の柔らかな反応のせいかもしれない。  それでも、臣がとろりとし出したのを、紅葉は目敏く察知したようだった。放っておけばいいものを、「大丈夫?」と声をかけてくるところが、ヘタレというか、紅葉らしいな、と少しだけ紅葉の身体に寄り掛からせてもらいながら、臣は思った。 「ん……」 「臣ちゃん、ベッド行く? それとも、もう少しここでこうしてる?」  紅葉が火照った臣を見下ろして言う。酔っただけだと思っていたが、どうやら紅葉も少し表情が蕩けはじめていて、それで、オメガの発情にあてられているのだと悟った。ゆっくりと夜が更けてゆくように、臣の発情も深まってゆこうとしていた。  抑制剤を飲まずに発情期を過ごすのは、初めてだ。  自分がどうにかなってしまう予感に尻込みしたくなる気持ちが半分だったが、臣は思い切って立ち上がった。正気のなるべく保てる早いうちに、紅葉と深い仲になっておけば、発情期を上手くコントロールできる可能性だって残っているはずだと思いたかった。 「……っ行こうぜ」  紅葉を促してからよろけると、そんな臣を紅葉が支える。  ひとりではないのだと思うと、少し心強かった。  オメガは子供を産むのが仕事だ。選んだのは臣ではなかったが、覚悟を決めたのは臣である。決めた以上は、積極的に、能動的に、自主的に行動するのが信条だった。  紅葉の手を取り、ふにゃりとならないように半ば支えてもらいながら、幼い頃も、こうして紅葉と手を繋いで歩いたことがあるな、と思った。既視感とも呼ぶべき、掠れて消えそうだった記憶が、不意に蘇ってくる。 「臣ちゃん……」  何か言いたそうにしている紅葉を見上げた。  手足が長い、いい男に育った、と臣が見ても思う。  ちっちゃな頃は、臣よりひと回り小さくて、ひ弱で、女みたいに前髪が長くて、よく泣いていた。それがこんなに大きく育つなんて、世界は無情で不公平だ。  紅葉は、華奢な臣よりも、ずっと男らしい男になった。  臣が嫉妬しながら、どこか誇らしく感じるほどに。 ***  アルファの寝室のドアを臣が開けると、紅葉がまた名前を呼んだ。 「臣ちゃん……」  まるで「いいの?」と問い掛けるように、臣に手を引かれながら、紅葉は部屋の真ん中にあるベッドの脇に佇んだ。向き合うと、神妙な顔をした紅葉が見下ろしているのがわかる。 「臣ちゃ……」 「黙って」  沈黙を強いて、キスは臣からした。一歩踏み出し、紅葉のシャツの両腕に縋って背伸びをしても、顎にやっと届くぐらいの身長差で、唇を顎に付ける。紅葉が少し屈んで、膝を折り、猫背になってくれたおかげで、二度目は紅葉の唇に口付けることができた。  ちゅ、と唇を繋げるだけの、バード・キス。  だが、キスをした瞬間、重ねただけの唇を離すと同時に、まるでスイッチでも入ったみたいに、頭の奥が痺れた。 「ぁ……」  クラクラする。じわりと腹の中が潤むのがわかった。段階を踏むのが焦れったいほど、心臓が締め付けられ、鼓動が速くなる。フェロモンの影響だとわかっているはずなのに、紅葉を前にすると、崩れ落ちそうな心地良さに打ちのめされた。 「臣ちゃん……」  紅葉の表情を見ると、どこか獰猛な雄の顔になっていた。腰を抱かれ、片手で顎をすくわれて、上向かされると、積極的に唇を合わせられる。その性急さが、まるで紅葉じゃないみたいだった。すぐに物足りなくなってきたのか、紅葉は舌を出して、臣の唇を舐めた。 「もみ……じ、っ……ちょっ、ま」 「待てない」  臣の開いた口内に、半ば無理矢理に舌をねじ込まれる。 「ん……っ!」 「臣ちゃん、可愛い……」 「ぁ……!」  言いながら、紅葉が自身の腰を、ぐりっと押し付けてきた。臣の下腹に、紅葉の形がしっかり記憶されるほど、そこは硬くなっていた。信じられない太さと長さで、臣を犯すために勃起している。  押し付けられて、臣もまた、自身が興奮していることを悟らされた。 「あ……れ、俺、いつの間に……っ?」  ズキズキと、衣類越しに伝わる熱に戸惑いと欲望を感じる。臣が慌てて距離を取ろうとするが、一度、キスをすることを覚えた紅葉は、懐いた大型犬より始末が悪く、まるでかぶりつくように臣の口内をさらっていった。 「臣ちゃん、好き。好きだよ。愛してる……」 「は……っ、ぁ、ん……っ」  ちゅ、ちゅ、とキスの合間に囁かれる言葉の意味が、段々知覚できなくなっていくのが怖かった。臣は、巻き込まれて揉みくちゃにされる前に、ちゃんとリードしなければと思い直し、紅葉のシャツを背中から引っ張った。 「……臣ちゃん、俺、臣ちゃんが好きだよ」 「少し、黙ってろよ……っ」  体重を後ろにかけて、身体を少し引いた後で、ぐいっと前のめりに紅葉をベッドの上に組み敷いた。 「わっ」  弾みで紅葉が背中をベッドに預けたのを確認すると、臣はその上に馬乗りになった。今度は自分から紅葉の唇へキスをする。互いの性急さが、欲情に火を灯すのがわかった。唇を開いて、口内へと舌を入れると、紅葉のそれに絡め取られる。リードするつもりが、後追いになっていることに苛々して、キスがより深くなる。紅葉のシャツのボタンをひとつひとつ外していくうちに、臣は紅葉によって、Tシャツを脱がされ、上半身を晒してしまった。 「臣ちゃん、きれいだね……」 「言う、なっ……黙れ、っ」  臣がシャツのボタンを外し終わると同時に、紅葉に身体を入れ替えられる。上下が逆になると、獰猛な獣の相貌になった紅葉が、そっと臣の喉元を咥えた。甘噛みされているだけだが、急所をそうやって狙われると、恐怖心と、もっとしっかり咥えて欲しいという、オメガにしかおそらくないだろう欲求が、溢れてくる。 「は……ぁ、っぅ、ん……っ」  紅葉はそのまま鎖骨のくぼみに舌を入れ、頤までをひと舐めすると、臣の下衣を乱した。張り合うように、臣が、紅葉のスラックスのウエストを解き、開く。と、ふるりと大きく勃起した陰茎が、飛び出た。 「ごめんね、臣ちゃん……、最初だから、できれば普通にしたいんだけど、コントロールが効かないみたい」  情欲に染まった声が、耳元で囁かれる。  同時にそっと耳朶を甘噛みされた。紅葉の愛撫に、わけがわからなくなる前に、臣は思わず口を開いた。 「な、っんで……」  非難するつもりはなかったが、ドクドクと脈打つ屹立を前に、臣は問わずにはいられなかった。  それは、大きいなんてものではなかった。エラが張って、血管が浮いており、臣を犯したがって脈動していた。震える手でそっと竿を握ると、喉奥で何かを耐えるような紅葉の呻き声がした。 「臣ちゃん、中に出すから、俺の種を孕んでくれる……?」  顔を上げると、紅葉はフェロモンにあてられたアルファの顔になり、臣の肌をそっと撫でた。少し、笑っていたが、同時につらそうでもあった。

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