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第5話 予習と復習(*)
くつろげた紅葉の下半身に、半ばドン引きしている臣の下腹部を、紅葉はうっとりと探るように押した。
「……ぅ、」
「この辺りまで入ることになるかな。臣ちゃん、俺、頑張るから、臣ちゃんも付いてきてね」
親指と中指で下腹をくい、と押されると、あやしい感覚に腹筋が波打った。そっと肌を撫でられ、口の端にキスをされる。紅葉はとろりとした表情で臣を見下ろし、首筋に犬歯をぐい、と食い込ませた。アルファに見られる、癖の一種だ。そのまま噛まれたいと思うのは、オメガの思考だろうか。
途端に臣は怖くなった。紅葉のペニスが、こんなに大きいなんて聞いてない。そもそも、こんなものが中に入るなんて、想像できない。だいたい、そんなに拡げられたら、壊れてしまいそうで、何より、紅葉のこんな物欲しそうな、獲物を得た獣のような目は、見たことがなかった。
「っ、ちょっと、待っ……」
「待てない、って言ったよね?」
「やだ、っ」
「やだ、って……。でも臣ちゃんも、俺と同じになってるよ」
「ぁ……!」
言って、紅葉が臣の下肢に手を伸ばす。乱れた下着越しに触れられると、自分でもどうにかなったんじゃないかと思うほどの熱が集積していた。
「な、なんで……っ、紅葉っ、な、これ……っ」
「臣ちゃんも俺と同じになってて、俺、すごく嬉しいよ?」
(──同じじゃねえよ……!)
そう怒鳴りたくても、声が出なかった。
体表は震えているのに、芯がとてつもない熱を煮え滾らせている。これが発情というやつなのだろうか。もう抑制剤を口に放り込んでも、逃げ出せないだろう、と本能に近い場所で感じた。紅葉のペニスを食み、中を擦り、抉って、出してもらわなければ、いや、出してもらったとしても、到底おさまりそうにない情動が湧き上がる。身体が今までとは桁違いに敏感になり、紅葉が触れた場所がまるで燃えるようだった。
「ぁ……、っぁ、っん……っ!」
くにくにと下着越しに、カリの縁を指先で弄られると、どうしても声が出てしまう。
半ば恐慌状態のまま、悦楽だけを植えつけられるのだろうか。
紅葉の行為に怖れをなした臣を、しかし紅葉はそっと宥めた。
額に優しくキスを落とされ、言われる。
「別に、すぐに入れたりとかはしないから。怖がらないで」
「っで、も……っ」
期待にか、それとも怖れにか、身体が震えてどうしようもなかった。
「俺も初めてだけど、やり方は習ったから、大丈夫だよ。なるべく臣ちゃんに合わせるから。下半身こんなんで、説得力ないかもしれないけど、すぐには入れないし、ゆっくりするから。だから力抜いて? 臣ちゃん」
「ん、っ……」
「口、開けて」
歯を食いしばっていた臣が、口を開けると、人差し指と中指を含まされた。
「んぐ……っ」
「いい子。いっぱい舐めてね。臣ちゃんの口の中、熱くて気持ちいい」
「ん、んっ……」
紅葉に差し出された指を舐めると、日向の匂いに少しだけ落ち着いた。涙目になりながら、これが唯一の恐怖から逃げる道だと思い、必死にしゃぶる。紅葉はしばらく、臣の身体をあてもなく撫でながら、鎖骨や耳の後ろにキスをすることで、臣が落ち着くのを待っているようだった。
臣の口内で、時々動かされる指によって、奥の裏側を擦られると、ピリッと電気が流れた。紅葉は、臣の雄心を空いている方の手で愛撫しながら、ゆっくりと身体のあちこちにキスを落としていく。
「臣ちゃん、いい?」
「っ……」
「答えてくれないと、わからないよ」
言いながら、紅葉はその顔を臣の胸の辺りに下ろしていった。鼻先で、臣の左右の胸にある尖りの片方を、そっと突つく。最初はくすぐったいだけだったのに、何度もそうされていくうちに、次第にむず痒い感覚が臣を襲った。
「っぃ……っ」
「これ、いい? それとも、これがいい? それとも、こっち?」
言いながら、舌先で乳首を潰したり、前歯で甘噛みしながら先端を舌で嬲ったり、ざらつく舌で全体を舐めたりされると、甘い疼きが性器に直結した。
「ぁ……っ、ん、なの……っ、言えな……っ」
「全部いいと嬉しいけど、違うのかな? これは?」
「ふぁ……っ、は、ぁ、ぁっ……」
乳首を口内に含まれて転がされる。こんないやらしいことをされて、それを「いい」などと、紅葉を相手に言えるはずがない。恥じらいで頭が沸騰しそうになりながら、臣は耐えた。紅葉の愛撫はどれも体験したことのない気持ち良さで、最初はただ、足を突っ張って耐えていれば良かったのに、次第につま先が丸まり、膝を曲げ伸ばししてシーツをかいたりしないと、衝撃が発散できなくなってゆく。
力の抜けはじめた頃、紅葉が囁いた。
「ふふ。気持ち良さそうで可愛いね。もう少し腰、上げられる?」
「んっ……」
紅葉の声が、快感に結びついてしまう。
気持ちいいことをされながら囁かれると、鼓膜の奥まで紅葉のものにされたような気になった。衣類を下着ごと取り去られると、自分でも引くほど勃起したペニスを、紅葉が指先で弾いた。
「ぅぁ……っ!」
「ほら、臣ちゃんの、ガチガチ」
上下に柔らかく扱かれたあとで、急に鈴口をぐりっ、と抉られ、声が出る。
「先っぽから、垂れてるね」
言いながら、紅葉の親指が、鈴口から漏れ出して止まらない先走りを、こそげ取る。
セックスなんて、入れて出すだけだと思っていた。こんな風に辱められるなんて、想定外だ。悔しくなった臣が、指から口を離し、声を出さないように唇を噛むと、紅葉が不満げに首を傾げた。
「臣ちゃん、「いい」って言ってくれないかな?」
同時に、臣の口内で散々しゃぶられ尽くしたせいで、ふやけたようになった指を、紅葉がそろりと後蕾へ下ろしていく。
触れた途端に、きゅっと蕾が引き締まるのが、臣自身にも煩わしいほどにわかった。紅葉は何度もその場所を捏ねながら、臣の屹立をそっともう片方の指で愛撫した。もどかしい触れ方で、決して放出しないように気を付けているのがわかり、警戒のあまり頑なになっていた膝が、次第にほどけていく。
「声、我慢しないで出していいんだよ……? 俺しか聞く奴、いないんだし」
「誰がっ……、お前の、ぁ、なんか……ぁっ!」
「我慢しないで? ほら」
紅葉に懇願されればされるほど、臣は意固地になった。紅葉が相手なら、自分がリードするぐらいのシミュレーションは脳内で行っていたはずだったのに、果たしてどこで間違ったのか。気がつくと、紅葉に促されるまま翻弄され、痛みさえも快楽に変換されそうになる。
「は……っ、はぁ……っ」
身体は限界を訴えていて、このまま出してしまいそうに気持ち良い。
なのに、紅葉が決定的な刺激を逸らすおかげで、どんどん欲が膨れ上がってゆくのを臣は感じた。
気持ちいい。
出したい。
でも、まだ紅葉と、ほとんど何もしていない。
でも……。
身体をくねらせ、シーツのシワになっているところを握り締め、耐えている臣に、しかし紅葉はさらなる崩落を迫った。
「困ったな。ね、臣ちゃん」
「ぁ……っ、ふぁ、ぁ……っ」
意地でも紅葉より先に出すのは嫌だ、と拳を握りしめる。さっきから蕾の入り口を弄り続けている紅葉の指が、ぬぷ、と少し入りそうになっていて、気をぬくとそのまま奥へと進みそうだった。違和感はあるものの、わずかな抽挿が気持ちが良く感じてしまいそうだ。
「臣ちゃんがイマイチだと、俺、果物たちに見本見せてもらうしかないんだけど……?」
「……っ知ら、な……っ」
知らない、そんな、紅葉の都合なんて。
臣は蕩けて瓦解しそうになっている身体を、どうにか繋ぎ止めることしかできないでいた。紅葉の前でみっともなく喘いだり、さらにみっともなくなるぐらいなら、声ぐらい我慢する。むしろ、我慢が利かなくなった時、自分が何を言い出すか、わからなくて怖かった。
***
「臣ちゃん、林檎と蜜柑、呼ぶね?」
紅葉の声がそう決断した時、臣は後蕾に半分、指を埋め込まれて、喘いでいた。
「ぇ……っ?」
紅葉によって慎重に練られた隘路には、いつしか指を飲み込んでいた。二本目をどうするか迷っていた紅葉が決断したことで、急に意識が呼び戻され、思わずぎゅっ、と紅葉の指を締め付けてしまう。
「ゃっ……呼ぶ、なっ……ぁ!」
「臣ちゃん、我が儘言わないで。教えを請うのは別に恥ずかしいことじゃないよ。果物たちは、俺たちがどうすればより気持ちよくなれるのか、教えてくれる先生たちなんだから」
そういうことを言っているのではない。だいたい、紅葉はちゃんとできてるじゃないか。臣が、普通にちゃんと気持ちいい、と言葉にすることができないだけで。
混乱した臣がドアの方へ視線をやると、少しだけ開いていた。
さっき紅葉と手をつないで寝室へ入っていった時、施錠しなかったことを思い出した。わずかに開いたままのドアの外へ向けて、紅葉がベッドヘッドにあったベルを鳴らすと、そっと二人が中を覗いた気配がした。
「り、林檎も蜜柑も、入ってくるな……! 嫌だ……っ!」
「林檎、蜜柑、きて、してみせて」
オメガとアルファ、どちらの命令をより聞くかは、すぐに態度に現れた。
おずおずと、臣と紅葉が半裸で乱れているベッドサイドへと歩み寄ると、二人が互いに視線を絡ませるのが見えた。アルファの命令は絶対だけれど、やはり臣がいることに気後れしているようにも見える。
しかし、臣が何とかこの状況を変えようと言葉を口にする前に、紅葉が二人に命じた。
「愛し合ってくれる?」
その一言で、彼らは互いに躊躇いを振り切ってキスをはじめた。
「ちょ……っ」
臣が手を伸ばしてやめさせようとすると、その手首を紅葉が止めるように握った。
「駄目だよ、臣ちゃん。止めたりしたら。臣ちゃんが恥ずかしくないように、彼らには、ちゃんと見本を見せる義務があるんだから」
暴れそうになる臣を封じると、視線で果物たちに促す紅葉がいた。
「ベータの男同士、しかも腹違いの兄弟のカップリングへの道は、とてつもなく険しいものなんだよ」
「だからって……!」
強要するみたいに命じるなんて。それも、自分たちの前でさせるだなんて。もっと仲良くなってからならわかるが、こんな、数時間前に逢ったばかりの関係性もろくに構築できていない相手の前で、セックスの見本を見せるような真似を強いる紅葉は、どこかがおかしいのじゃないかと臣は思った。
だが、臣の抗議の声にも、紅葉は頑として応じなかった。
「きみには、彼らの幸福を希求する態度を、拒絶する権利はないんだよ、臣ちゃん」
「っ……!」
ちゅ、くちゅ、とキスを繰り返す果物たちの耳が、わずかに赤く染まっていた。
(──こんなの、紅葉らしくない……っ)
そう思いながら、臣は彼らの愛撫を互いに繰り返すさまを見ながら、自分の中にも存在する欲望を、意識せずにはいられなくなっていった。
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