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第8話 はじめての、マーキング(*)

 中を擦り付けるように、何度も何度も往復して抽挿される。  内壁に塗り込められ、ぐりぐりと何度もしつこいぐらいに出された体液を塗られ、まるで匂いが付いて取れなくするみたいにされた。 「ひ、ゃ……っ! も、イッた、から……ぁ、も……っ!」  臣が泣いて縋っても、紅葉の動きはまるで止まる気配がない。 「臣ちゃん……」 「ん、んっ……、んぅ……っ!」  止まれ、と何度も懇願するのに、紅葉はビクビクと痙攣を続ける臣の身体を抱いたまま、しつこく身体を動かしていた。そのままうなじを甘噛みされたかと思うと、次の瞬間、その場所にチクリと痛みが走った。 「はぁ……っ!」  アルファは、オメガを識ると、自分のものだという印を付けるために、うなじを噛む癖がある。それが噂に聞く、アルファのマーキングだと知っていた臣は、噛まれた痛みに慣れるより先に、ぞわりとそこから快楽が湧いてくるのを感じた。 「ぁ……っ」  あやしい体感に、身体の芯が蕩けそうに震える。  同時にこれで紅葉のものになったのだ、という、悦びが湧いてきた。 「ん、ん……っ」  満たされた、何とも言えない多幸感。  それを感じているのは、臣だけではないようだった。 「臣ちゃん、臣ちゃん……」  臣の中には、未だ萎えず逞しさを保ったままの紅葉がいた。腰を緩々と動かしながら、次のステップに入る機会を伺うように、臣を抱いている。甘えるような声で、臣を呼んでおきながら、雄の本性そのままに、臣を次の高みへと連れて行こうとしていた。 「臣ちゃん、そんなに締め付けたら、抜けなくなっちゃうよ? それとも足りない?」 「ぁ、ぅ……っ!」  紅葉はそんなことを言いながら、強弱を付けて、まるで抉るような動きを拡大させようと狙い澄ましているようだった。しかし、臨戦態勢でいるのが紅葉だけなら、蹴飛ばせばいいだけだ。問題は、臣の側の発情が、うまく終わりを迎えないことだった。あれだけ中へ出してもらい、突き落とされるような快楽を得たにもかかわらず、臣の屹立もまだ、萎える気配を見せない。 「……俺たち、もっとずっと一緒にいたいね?」 「ぁ、……っ!」 「臣ちゃん、大好き」  大型犬のように懐きながら、紅葉は緩くはじめた抽挿を止めようとする気配がない。臣は、自分の身体に起きた突然の変化に、躊躇いながら恐怖を感じはじめていた。 「あ、紅葉……っ、これ、何とか、しろ、……っよ、ぉ……っ!」  じわじわと湧いてくる情欲の果てのなさに、怖気付いた臣は、思わず紅葉に縋った。  出しても出しても、欠落感が癒えない。  満たされない。  足りない。  欲しい。  したい。  先端は、先ほど射精したあと、むずむずと残滓の残った感じがあったが、やがて紅葉にマーキングされると、また勃起してしまった。発情中のオメガほど、始末に負えないものはない、と言われるように、鈴口からダラダラと射精なのか先走りなのかわからない粘液を垂らし続ける自分の身体の変化に、臣は恐慌状態に陥りそうだった。 「臣ちゃん、安心して。オメガの射精は長くゆっくり続くのが特徴だって教わっただろ? 大丈夫。抑制剤を使ってないからだよ。何も異常なことじゃないし、怖がることもないよ。俺がちゃんと、最後まで付き合うから……」 「で、も……っ」 「俺も、臣ちゃんとなら、何回でもしたいと思うみたい。だから、臣ちゃん、付き合ってくれる?」 「……っ」  汗にまみれて、困ったような表情を浮かべ、言う紅葉に、思わず臣はしがみついた。  こんな顔をさせるなんて、紅葉に申し訳ないような、誇らしいような、照れるような、とにかく顔を見るのが悪いような気がしてきてしまう。すると、紅葉は何を思ったのか、また緩く腰を打ち付けてきた。ぬぷ、ぐじゅ、と動かされるたびに凄い音が漏れるのは、臣の中で紅葉の精液と、臣の愛液が混ざり合っているせいだろう。 「もっと欲しい……? 臣ちゃん、気持ち良さそうな顔してる……」 「ぁ……ぁゃ……っ」  ぐっ、と強弱をつけて抽挿されるに従い、バラバラになった感覚が、またひとつにまとまり、さらなる高みへと助走をはじめる気配がした。 「臣ちゃん、表情が溶けてる。中も蕩けてるね。……頃合いかな?」  言うと、紅葉は出し入れしていた剛直をずるる、と引きはじめた。  反応した臣が、思わず声を上げる。 「ぁぁ……っ、抜かな……っ!」  無意識のうちに、紅葉を引き止めてしまうのは、もう何度目だろうか。  だが、今、出ていかれてしまったら、臣ひとりでは、この大きな快楽の渦に耐え切れない気がした。  紅葉とひとつになったのだと、その時になって初めて、臣は意識した。繋がっていることが、これほど安心感をもたらすなんて、「巣ごもりのしおり」のどこにも書かれていなかった。紅葉とするこの行為を、こんなに嬉しく感じるなんて、全く想定外だ、と臣は思った。  臣の懇願を聞いた紅葉は、ちょっと安心させるように笑って言った。 「大丈夫。俺の種がもっと臣ちゃんの中に溢れるように、全部俺で満たしてあげるからね?」 「ん、んっ……」  せっかく大事にされているのに、ありがとうがちゃんと言えない。  しかし、紅葉はそんな臣のささやかな葛藤など、お見通しのように、抜けかけていた雄芯を今度はずぷぷ、と挿入した。内壁の狙った場所までくると、そこで腰を小刻みに動かしながら、言う。 「臣ちゃん、ココ、トントンって突くと、すごく締まるの、自分でわかる?」 「ぁ……ぁぅ……っ、わ、か……っ」 「いい子だね。じゃ、今度は俺に合わせて、腰を、こう……っ」  言いながら、臣の腰を前方へと突き出させるようにしながら、紅葉は内壁の、今度は深い部分を抉るように腰を突き出した。その瞬間、知らなかった奥の場所が、バチッと光の束が弾けたように痺れ、戦慄いた。 「ひぁ……っ!」 「……っそう、上手いね? 俺も、気持ちい、よ……っ!」 「ひっ……、ひぅ……っ! ゃっ……ぁ! ぁぅ……っ!」 「どう……? いい? それとも、こっちがいい?」 「ぁあっ……! ぁぅ……! ど……っち、も……っ!」  どちらをどうされても、同じぐらい感じてしまう。  そんなどうしようもなくなった臣を、紅葉は愛しげな眼差しで見つめながら、さらに激しく動きはじめる。 「良かった……っ、もう、少し……っ」 「ぁ、ぁっ……! ん! も、っと……ぁ、きもち、ぃ……っ!」  涙に濡れた眼差しで、臣は紅葉を見上げた。すると紅葉は、少し意地の悪い笑い方をした後で、そっと臣の耳朶を甘噛みしながら囁いた。 「見てごらん、臣ちゃん……。果物たちが、足らない、って顔して、動き出してるの、わかるだろ……っ?」 「ん……っ」 「彼らも、きみのフェロモンに当てられてるんだ……、ベータに求愛されるの、どう?」 「ど、うって……っぁ! はぁ……っ、ぃ……っ」 「いいんだ?」 「んっ……ちが……っ」 「臣ちゃん、やっぱりエッチだね?」 「ぁ……んっ」  隣りでずっと息を凝らして紅葉と臣のまぐわいを見ていた果物たちが、その眸に情欲を滾らせ、互いに緩々と動きはじめたのがわかった。林檎も蜜柑も、互いを相手にしているはずなのに、どこか上の空で、目には欲情を湛えている。オメガのフェロモンに当てられた彼らの視線を、最初は忌避していた臣だったが、知らない間に紅葉の手管に惑わされ、今は、注がれるその視線にすら感じてしまう気がした。 「ぁ、ぁん……っ! 見な……っ!」 「臣ちゃん、見られるの、嫌……?」 「んっ……んん……っ」 「でも、彼らに教えてもらった分は、ちゃんとお礼、しないとね?」 「ぁ……っ、は、ぁぁ……っ」  切なげな果物たちの視線と目が合った。臣が泣きそうな顔をすると、林檎に組み敷かれている蜜柑がそっと、まるで同情でもするように片手を伸ばしてきた。その手に導かれるようにして、臣が片手を伸ばすと、林檎と蜜柑の手が、臣の掌の上に乗せられる。 「は……っぁ、ぁ、ぁあっ……!」 「臣ちゃん、気持ちいい……っ?」 「ん、んっ……い、いぃ……っ!」  臣の気持ちを揺り戻すかのように紅葉に掛けられた言葉に、見上げると、雄の貌になった紅葉が、臣にキスをしてきた。口内を、まるで全部さらうかのように、頭の奥で考えていることまで引きずり出されるかのような口付けに、臣は瞬く間に紅葉へと意識が帰るのを感じた。 「臣ちゃん、出して、いい……っ?」 「んっ、んんっ、く……っ、これ、も、ぃぃ、っ……からぁ……っ」  臣が啜り泣く寸前の声で強請ると、紅葉は切なげに眉をしかめた。 「臣ちゃん、大好きだよ……っ、イくからね? 俺の種、孕んで……!」 「ぁ、ぁあぁぁ……──っ!」  臣の中を、ひときわ深く紅葉が抉るようにした刹那、弾けるようにしてビリビリと快感が走り抜けていった。  あまりの唐突さに、ぎゅっと下腹が痙攣してしまう。  紅葉が隘路の最奥にたっぷりと出すと、奥に叩きつけられるようにして発射されたその熱に、また感じ入ってしまう。 「ぁ……んっ!」  重さのあるものを奥に出されて、中でぐぷぐぷと捏ねられる。そのあまりの熱さに怯んだ臣の首筋に口付けながら、紅葉はさらに深く、ぐりぐりと熱杭で臣の中を押し開いた。 「は……っ、はぁ……っ、紅葉……っ」 「臣ちゃん、愛してるからね……? ん、すごく気持ち良かったよ……」  信じられない熱の放出を経て、やっと紅葉は臣の中から、剛直をずるる、と引き抜いた。抜かれる瞬間、ぞくぞくときた臣が思わず名残惜しげに締め付けてしまい、抜け切ると、開き切った孔から大量の白濁が、入り切らす、出てくるのがわかった。 「可愛いね、臣ちゃん……。俺、臣ちゃんが大好きだよ」  絶頂から軟着陸できる場所を、紅葉のその言葉と、髪を撫でる手によって知る。  もう無理だと思ったところへ、紅葉が、そっと臣の額にキスをした。

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