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第13話 幼馴染の動機と葛藤

 もやついた感覚に襲われながら、臣は紅葉の愛撫を受けていた。  気持ちいいはずなのに、身体はすっかり紅葉の味を覚えて、反応しているのに、どこかに虚しさが募る。 (紅葉が、施設から出たいのは、どうしてなのだろう……?)  もちろん、自由が欲しいのだろう。けれど、どうしても出たいと思ったのには、他に理由があるのではなかろうか。他に、もっと大切な、忘れるべきでない理由が──。  考えたくない思考が、否定しようとすればするほど、襲いかかってくる気がした。  臣が「ん」と紅葉の愛撫に声を上げると、不意に紅葉が、顔を上げた。 「臣ちゃん、上の空だね。どうしたの……?」 「いや……、さすがにちょっと、疲れたみたいで……」 「昨夜の今朝だから? でも、それってちょっと違うよね? たぶん」  臣の誤魔化しなど、紅葉はひと目で看破する。  小さい頃から、いつだってそうだったように。 「ごめんね。俺が変な話したから、混乱したよね」  と言いながら、紅葉は腰を撫でていた手を止めて、ごろんと臣の横に寝そべった。  こういうところに気づくところが、紅葉のいいところだし、臣のかなわないと思うところでもあった。臣は、俊巡したものの、腹を決めて話すしかない、と考え、紅葉の横で仰向けのまま、思考を整理しながら、口を開いた。 「俺……、本当に紅葉が好きなのか、わからない」 「うん?」  突然、そう切り出すと、紅葉は傾聴の姿勢を取った。 「俺は、お前をいいように利用してるだけかもしれない。再教育施設になんて、入りたくないし……」 「いいよ」  思い切って言ったことなのに、紅葉はいとも簡単に頷いた。  でもそれじゃ、意味がないのだ。アルファとオメガは、運命のつがいでなければ。なのに、こんな、互いの利益のために、ギブ・アンド・テイクするなんて、そんなの不純だ。恋じゃない。  なのに。 「誰とも婚姻できないオメガだとか、オメガの落ちこぼれだとか、思われたくない、し……」  臣は、アルファになり損ね、オメガになった突然変異種だ。いわば自分は、お荷物なのだという考えの元で、青春時代を送ってきた。だから、早く婚姻して子供を生んで、オメガとしての役割りを果たせるようになれば、そんな負い目も感じなくなるかと思って、「装置」の判定を呑んだのだ。 「それでもいいよ」  臣が自分のことを話すと、紅葉はまるで知っていた、とでも言いたげに、あっさり頷いた。 「仕方のないことだよ。それに、俺は相手が臣ちゃんで良かったと思ってるし」  まるで他人事のように語る紅葉に、臣は苛立ちからカッとなった。 「なん……っでだよ! 俺、相当、酷いこと言ってる自覚ぐらい、あるぞ……!」  臣が反駁すると、紅葉は臣の方を向いて、とろりと笑った。 「臣ちゃんは、優しいね」 「どこがだよ……! 話聞いてたか? 俺は……っ」  身を乗り出して、紅葉の言葉を否定する。  しかし紅葉は、軽く肩を竦めただけだった。 「婚姻後に愛を育むシステムなんだから、臣ちゃんが俺のことを好きになるまで、俺は尽くすよ。最初に言ったでしょ? 俺は、臣ちゃんを愛することを自分で選んだ、って」 「それは……」  そういえば、紅葉は臣に対して、確かにそんなことを言っていた。  あれを口説き文句の一種だと考えていた臣は、少しずつぼんやりと、後悔した。 「俺は、臣ちゃんが大好きだから。俺の、臣ちゃんが好きな気持ちは、誰にも負けない自信があるよ。臣ちゃんにも、負けない自信がある」  そんなことを言われても、嬉しいけれど、臣には全く自信がなかった。なぜなら、臣は知っているのだ。紅葉がなぜ自分を出来損ないだと思うのか。臣から放たれたその言葉は、紅葉に反射して、数年後、発情期を迎え、オメガになった臣自身に返ってきたのだから。 「……それで、好きになったら……? それで終わりか……?」 「まさか。好きになってくれたら、もっと好きにならせるに、決まってるだろ」 「……っ」  殴られた方がマシだった。臣が何を言っても、全然、紅葉が怒らないことに、どこからか不安が層を成してゆく。臣には全く、紅葉の考えていることが、わからなかった。確信を持って臣を好きだと言い続けられる、そこに理由はあるのだろうか。あるのだとしたら、それは何なのだろう。 「俺が、紅葉の種を孕めば、俺もお前も再教育施設なんかにいかなくて済むんだな……?」 「ん。でも、気にしなくていいよ。俺は絶対に臣ちゃんを孕ませる気でいるからね」  のんびり構えていた紅葉の横顔が、不意にとろりと蕩けて、アルファのものになる。  スイッチが入った証拠だった。  昨夜、散々されたから、臣は少しずつ紅葉に慣れてきていた。互いに「その気」になる瞬間が、何となくわかる気がするのが不思議だった。臣の下腹も、紅葉の表情にぎゅっと反応する。身体の相性がいいのは、「装置」が判別した相手だからだろうか。  それでもいい、と臣は思った。  セックスすることで紅葉を救えるなら、することぐらい、何でもない。 「わかった……進もう、紅葉……」  臣が紅葉の首に手を回して言うと、「ん」と短く頷いて、紅葉が臣を組み敷いた。  はじまる──そう思うと、赤く腫れた後蕾が、紅葉を求めて戦慄く気がした。 「臣ちゃん、前に進むなら、俺のお願い、いっこだけ聞いて?」 「お願い? いいけど」  昨夜の今日で、羞恥心が少し馬鹿になっている臣は、何でもできそうな気がして、頷いた。すると紅葉は、言いづらそうに、一瞬、言葉を詰まらせたあとで、「聞きもしないで「いい」とか言っていいの?」と驚きを隠せない表情をする。 「別にいいったらいい。それで? お願いって何だ?」  特別な体位とか、それともコックリングとか、それとも果物たちを呼ぶとか……と考えたが、紅葉の前でできることは、昨夜、おおよそやり尽くした気がしていた。だから安請け合いしたのだが、紅葉はしばらく口を閉じて何かを考え続けていたかと思うと、やがてぽつりと零した。 「臣ちゃんに、愛してもらいたいな」 「え……?」  意外な答えを口にした紅葉は、少し意地悪そうにも見える笑みを浮かべて、言った。 「俺にいっぱい触って、臣ちゃんが気持ち良くなるところが見たい」 「それ、って……」  どうとでも取れる言葉で、含みを持たせるのは、狡いやり方だと思った。紅葉の口調から察するに、きっとろくでもないことなんだろう、という予感がする。しばらく考えあぐねた上、臣はそれを、(自分でしろ、ってことか)と解釈した。 「でも、あ……、愛、って、どうすれば……」  口にするのが恥ずかしくて、言葉を濁し、戸惑った臣を抱くと、紅葉は互いの身体の位置を入れ替え、とろりと笑った。臣が紅葉の腰を跨ぐ格好になり、それで、臣のした解釈が、遠からず当たっていることがわかってしまう。 「俺は臣ちゃんに触られるなら、どこでも気持ちいいよ。臣ちゃんが俺に触りながら、自分の気持ちいいところを、自分で開発するところが見たい。……嫌?」 「……っそれ、っ……」  紅葉が放つ言葉を聞いているうちに、臣は段々と頬が紅潮していくのを感じた。こんな恥ずかしい言葉を、どうして紅葉は簡単に発することができるのか、全く理解できなかった。大型犬にそっくりの貌で、嫌かどうか聞かれると、やってやりたい、気持ちよくさせたい、と思ってしまう勝ち気で因果な性格を、紅葉はよく見抜いている、と内心で臣は歯噛みした。 「嫌なら──無理強いはしないよ」  紅葉が眉を下げて微笑んだ。  その瞬間、臣は心に火がつくのが、わかった気がした。 「いっ……やじゃないっ、やってやる……っ」 「ん。楽しみだな。臣ちゃんの愛撫」  そう決断した臣を、紅葉は褒めるみたいに、そっと頬に触り、甘く笑った。

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