26 / 91
二、分岐点⑬
***
生徒会長は教室に戻ってもらったが、頑として帰ってくれなかった沖沼くんは、先ほど屋上から椅子を落とした件で職寝室に呼ばれた。
僕は保健室の冷蔵庫にプリンやアイスを入れ出した沖沼 妃芽之くんと、僕の体温を診察票に記録し始めた零時先生の前で座っていた。
できたら僕も教室に帰してもらいたかった。
「番の匂いがわかるってやつですね。初期症状で偶にありますよ」
「えーうっそ。あるの?」
アイスを食べ出した妃芽之くんに、ハンカチとスプーンを用意しながら、零時さんは自分の長髪を結びながら少し口ごもる。
「私も妃芽之くんが夜な夜な乱交パーティで朝帰りしていた時期、彼が汚い生き物に見えていたんですが」
「それ言っちゃう? だってさあ、ヒート中のエッチって誰でも気持ちよかったんだもん」
「まあ私たちの話は置いておいて。その時、あまりに彼の貞操観念が低かった時に、無理やり番にしたんですよ。彼以外の、ご両親や私の親は了承してたんで問題なかったんです」
「僕が了承していないんだから問題しかないじゃん!」
話が進まないと、口にアイスを突っ込んだ跡、零時さんは言いにくそうに話し出した。
「元々、親が決めた相手だって反発心があったせいで、番になった後も心の距離があってね。その時、心にバリアが貼ってたんだと思います」
「……心のバリア」
「香川くんは私と同じで頑固そうですからね。心で拒絶してしまう潔癖な人でしょう。でも番って一度繋がったパートナーでしょう。その心に近づきたくて、一番傷つかない方法で触れてきてくれたんだと思います」
「つまりぃ、科学的根拠ないんだけど、番の匂いが分かるって事例は沢山あるんでしょう」
「そうです」
「では僕が彼に心を赦したら、匂いも分からなくなるんですね」
これは一生ではなく一時的な心のバリアのせいか。
ではやはり彼に近づかなければ、良いってだけの話だ。
ともだちにシェアしよう!