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三、免罪符と運命②

「さ、帰るよ」 「あ? 稽古はいいのかよ」 「話聞いてなかったの? 来客中って。親から渡された土産は渡したし。行くよ」  気づけば談笑していた男が居なくなっていた。 「今、話してたやつ、誰」 「ああ、壮爾さん。ここの家元の一人息子だよ。中性的なイケメンよね。オメガだから、なかなか私たちとは一緒に稽古できないの」 「あー、なるほど。オメガね。だから甘ったるい香りしてたのか」  納得。偶にヒート前のオメガっていいにおいする奴いるんだよな。こっちを誘ってくるような、気持ち悪い香り。 「は? 全然香らないわよ。あんた、鼻がおかしいんじゃないの」  怪訝そうに姉が言うので、俺の方が首を傾げたい。どうみても異様な香りだった。 「家元も師範も、彼を大事に育ててるから、番が見つかるまでは私たちとは稽古しないだろうけど、後継ぎだから早くお披露目はしたいだろうし。大変よねえ」  確かにアルファだったら、姉たちと交流が持てるこの稽古に参加していてもおかしくない。ご令嬢たちは金ももってるせいか澄ました顔で遊んでいる奴らが多いから、会わせたくないのも分かる。 「まあ、綺麗。あんたの勘違いって、この生け花じゃない。壮爾くんの作品よ」  桜が散りゆく四月だった。  縁側に飾ってあったのは、毛氈の上に置かれた桜の枝。  きっと庭に落ちていた枝で創ったのだろう。竹とともに並べられた桜の枝は、毛氈の上に散っている花びら一つを見ても、綺麗だった。 「お香を焚いている。素敵ね。枝に染み込ませるのかしら。香川家から届く贈り物ってお香を炊いた手紙が同封されているから一つ一つこだわっているのよね」  姉の独り言が頭の中ですり抜けていく。生けていた花ではない。お香の香りでもない。俺は確かに、彼から甘い香りを感じたからだ。    

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