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三、免罪符と運命⑬
「番がいるのに、この香りね。この子の未来は険しいようね」
紫野さんはしばらく病室の前で待機するらしい。椅子に座って扇で仰ぎ出した。
俺は、喘ぎ声とか聞こえてきたら気まずいし、さっさと退散させてもらった。
あのばあさんが後妻として沖沼家に入ってから、さらにオメガに対しての接し方とか厳しく学び出したと思う。
多くは語らないが、あのばあさんもオメガの旦那がいたらしいし。
オメガ、アルファ、番、運命。
どうしてそんな面倒くさい性別に悩まされねえといけないんだろうか。
「おっそーい。僕を待たせて良いと思ってんの?」
マンション前で妃芽之が仁王立ちで待っていてげんなりする。
こいつはばあさんのコバンザメかってぐらいあのばあさんの考え方に共感してる。
俺が壮爾さんを無理やり番にした件で一番怒っていたので、転校してまで俺を監視してるのも嫌だ。
「なんだよ。さっさと零時んとこ帰れよ」
「えー。帰っていいの。ふうん」
手にはピンク色の紙袋と、スーパーの袋に入れただけの重箱。こいつが弁当箱を返してきたってことは、……壮爾さんは俺の弁当を食べてくれなかったわけか。
まあ仕方ないけど。
泣いても、暴れても、あの人の香りに止まらなかった。止めたくなかった。注ぎたかった。
あの人の中を俺だけにして、あふれさせたかった。
「お弁当、美味しかったよ」
「お前に言われてもなあ」
「別に僕だけの感想じゃないんだけどね」
押し付けられたピンク色の紙袋に、首を傾げた。
「桜とすみれと薔薇の花びらの砂糖漬けらしいよ」
「なんでお前がそんな女っぽいの買ってくるわけ」
「頭が湧いてるの? 彼がね、『こんなに作ってもらって気持ち悪い』からって」
「彼って?」
まさかの、まさか。
んなわけねえし。食べてもらえないと思っていたけど、何か少しずつ距離を縮めたかっただけだし。
「壮爾くんが、そんなに料理作るの好きならこれでお菓子でも作ればって」
「……まじ?」
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