66 / 91
五、転がる石には苔が生えぬ①
***
「何もしない。神に誓って何もしない」
「……」
「えっと、あれだ。あれ買ってくる。貞操帯」
ていそうたい?
怪訝そうに首を傾げると、わざわざ携帯で検索して画像出してくれた。
うわ。なかなかグロい。これをつけてる姿はなかなかにシュールではないかな。
「……毎日つけてたら安心だね。では」
「本当になにもしない!」
朝一番に校門の前で待っていたと思えば、いきなり家に来てほしいと言い出した。
この人、馬鹿なのかな。
僕がこの人をなぜ信用しなければいけない。二度と信用もしない。
「妃芽之くんがいるなら行くけど」
「妃芽之は昨日の夜からヒートだよ」
「あれ、じゃあ零時先生は?」
「零時も休み。お前の体温管理は征一郎のオヤジが来るって言ってた」
「ふうん」
わざわざ院長さんが来るのはすごいことだ。
靴箱まで着いてくるので、片手でしっしっと追い払った。
「だったら、香川家にお邪魔させろよ」
「……父に殺されたいのなら、どうぞ。花の手入れに使う道具って意外と鋭利だよ」
僕と彼が学校でこんな風に会話してるってわかったら、転校させられるかもしれない。
今は母のことが心配でそっちを優先にしてもらっているが、気づかれたら僕だって止められない。
「えー。だって壮爾さんにだけ見せたいんだもん」
「貞操帯を? だったらお断りだけど」
「違うし!」
粘るなあ。迷惑だなあ。億劫だな。
なんて匂いを発していたのだと思う。しょんぼりと耳と尻尾が項垂れるのが分かった。
でもそんな表情や匂いでアピールしてきても、僕も二度と油断しないと決めている。
妃芽之くんや零時先生がいない今、彼と二人っきりになるリスクを犯すつもりはない。
「うーん。壮爾さん、頑なだからなあ。どうすっかな」
「諦めるのが良いと思いますよ」
唸りながら考えている彼を横目に教室へ向かうと、「そうだっ」と叫んだ。
「二階のカフェ、貸し切りにする。そこに放課後デートしよ」
「は? なんで僕が。てかどこの二階? 貸し切りなら意味がないでしょ」
大体、なんで家まで行って貞操帯を見せられないといけないんだ。
「大丈夫。オメガ専用カフェがあんだよ。じゃあ、放課後な」
「いい加減に」
言ってしまった。
拒否されたくなくて、僕の言葉を最後まで聞かないように全力で走って行ってしまった。
ともだちにシェアしよう!