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五、転がる石には苔が生えぬ⑥

「利圭、どうしたの?」 『そーうーじー』  悲痛な利圭の声に、あのクラブの地下が思い出された。 「何があった?」 『壮爾にしか頼れねえんだ。どうしたらいいんだ』  利圭の声が震えている。 『今すぐ助けて。会いたい』 「……利圭、すぐ行く」  何があったのか分からないけど、利圭の精神はまだ安定してない。僕でいいならばそばにいてやりたい。 ――5分だけ待ってて。  一瞬、必死に叫ぶ彼の姿が思い浮かんだ。  でも知らない。嫌い。許したとしても、デートなんてするわけない。  期待させる行為も、彼を喜ばせることも、2度と油断することもしたくない。 ――渡したいもんがあるから。  必死な匂い。全力で走って行く彼。  だが僕は連絡先を知らない。教えてたくない。  だから僕が利圭のもとへ行くことを彼は知らない。僕が待たなかったことを責めることもできやしないだろう。  これでいい。はなから断る予定の出来事なのだから。  ***  Side:沖沼 宥一郎  こんなに全力で走ったのは何年ぶりだろうか。いつも人より秀でていたせいで、何でもできてきた。余裕だった。  そんな俺が、徹夜で作ったチョコを渡したいだけで走るとは思わなかった。  ケーキやクッキーの上に乗せても形が消えてしまう花びらの砂糖漬け。  生チョコの上に置いて冷やしたら、綺麗に上に乗ってくれた。  だが零時が休みで保健室の冷蔵庫が使えないから、学校に生チョコなんて持って行っても溶けてしまうかもしれない。  せっかくやっと成功したチョコを、壮爾さんに食べてもらいたい。せめて見てもらいたい。  花だって大事にする。壮爾さんのことはもっと大事にする。  そんなつもりだったのに。  全力で走って靴箱の前で壮爾さんを探したが、見つからなかった。  時間は4分ジャスト。  5分待ってくれなかったってことか。 「……まあ俺との約束なんて、絶対に待ってくれるわけないか」

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