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五、転がる石には苔が生えぬ⑩

 居間に向かおうとして、食事ではない匂いに足を止めた。  ここは花の材料や手入れ用の道具を収納している部屋なのだけど、この匂い。  恐る恐る襖をあけると、両手両足を縛られ口にガムテープを貼られた、僕の番が転がっていた。 「……」  見なかったことにしよう。 「んんー! んんんー!」  必死な形相は、もはや番としての匂いなんて必要がないほどだ。  でも問題は、なぜ彼がここにいるのだろう。 「坊ちゃん、見ましたね」 「宮地さん」  包丁を持った宮地さんが上品に微笑んでいる。 「家の周りをうろうろされていたので、壁をよじ登ろうとしていた時に足を掴んだら、簡単に落ちましてね。旦那様にご連絡したら、警察に連絡はせず旦那様が帰ってくるまで縛っていてくれと言われました」 「そうなんですね。あの、この人、一応僕の」 「私は何も存じ上げていませんので、旦那様が戻られるまで転がしておいてください」  有無も言わさないぴりっとした緊張感に、僕も何も言えなかった。  転がった芋虫みたいな彼を横目で見つつ、襖を閉めた。  まだ必死で何かを叫んでいるのが聞こえ、宮地さんの気配が消えてから襖を開けた。 「なんでここに来たんですか。しかも不法侵入」 「んんーーー」  暴れている姿が芋虫みたいで面白いので眺めてみた。そこそこ整っているとは思う。  僕と彼が並んだら、女性は全員彼を選ぶだろう。  

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