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五、転がる石には苔が生えぬ⑪
匂いも、ガムテープで塞がれた口もうるさかったので、周りを確認してからガムテープだけ取ってみた。
今、立場の弱い彼は、約束を破った僕にどんな言葉をぶつけるのか。
僕はどんな言い訳をしてしまうのか。ただ単純に気になったからだ。
「明日の朝には、父に殺されてしまうだろうし、言い残したことはない?」
「花びらの砂糖漬けを使ったお菓子を作った!」
ガムテープを折りたたんでどこに捨てようか視線をさ迷わせていた僕に、彼の第一声はそれ。
「学校で渡せばいいのに、格好つけて色々理由付けて、あんたは優しいから流されてくれると思った」
なるほど。
僕に渡したかったのは、お菓子だったのか。
学校に持ってきたら、彼の取り巻き女子はすぐに気づいてしまうだろう。
「……君、僕に今更格好つけたかったんですか? 第一印から最悪だったのに」
馬鹿だなあっとクスクス笑ってしまってすぐに自分で気づいて目を見開いた。
こんなやつに、一瞬でも笑ってしまった自分が許せない。
「とにかく、お菓子は格好つけないで持って来て。食べるか分からないけど。あ、あと明日までにここから逃げ出さないと、父に殺されてしまうだろうけど」
「壮爾さん」
「ご飯食べてきます」
「壮爾さんっ」
襖を閉めて、騒いでいる心を落ち着けようと何回か深呼吸をする。
お菓子を作った報告の為だけに、父に半殺しは確実だろううちの家によくもまあ来れたね。
勇気を賞賛してあげるべきか浅はかな行動に呆れるのが正解なのかな。
ただ、彼の匂いは僕のことだけを考えていた。
だからこそ、僕の心は揺らいでしまう。
無理やり番にされたことを忘れたわけではないのに。
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