＊＊＊ Side：沖沼宥一郎 ……笑った。笑ったなあ。 　無自覚に、クスクス笑った。 　あの笑顔を、どう表現していいか分からねえ。 　だって俺は、あの人をずっと泣かせて怯えさせて、絶望させていたから。 　順番さえ守っていたら、あの笑顔をまだ見せてもらえたのに。 「……」 　笑顔一つで、すとんと落とされた。 　あの人の前で、レイプ魔である俺は格好つけは無駄らしい。 　まだ俺はあの人に好かれようと格好つけていたのは否定できない。 　もう少し近づきたい。まだ近づきたい。もっと近づきたい。 　縛られた手を外し、襖の向こうへ飛び出そうとしたが、家政婦らしき女性が立っていたので大人しく縛られているふりをした。　今日は抜け出すのが無理らしい。諦めた。 　やっと気配が消えたのは朝方だった。 　ビジョンが見えない。あの人と真っ直ぐな恋愛をするビジョンが見えなくなった。 　順番を間違えるとこうなってしまう。 　そして一番つらいのは、やっぱ、俺だけが壮爾さんに運命を感じ続けていることだろう。 　あの人は俺のことを、人生をメチャクチャにした最低最悪な人間だが、自分が前を向くためだけに許そうとしている弱い人だ。 　今度こそ。今度こそ、順番を間違えないように。 　＊＊＊ 「本当にすみませんでした」 「ごめんねえ。監督不行き届き？で」 　二日後、妃芽之くんと零時さんが彼の侵入をわざわざうちの父に謝りに来ていた。 　……彼が何かするたびに沖沼の誰かが謝るのはなぜだろう。 　彼が謝ればいいだけの話なのに。 「ごめんね。僕ってヒート期間短いんだけどさあ、短い分理性飛んじゃうから次の日、身体が動かないんだよね」 「……そうなんだ」 「零時さんも真面目なくせにすぐに理性が」 　何か言いかけたが、保健室から飛び出てきた先生に口を押さえつけられていた。