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五、転がる石には苔が生えぬ⑭
「そう」
「番になりたい相手がいるからって、誤解招く行動は慎むんだって」
「……そう」
「ほだされたら駄目だよ。ただ番になった壮爾君以外のフェロモンに反応しなくなっただけだし。壮爾くんは壮爾くんで決めていいのだよ」
「はい。妃芽之先生」
頭では分かっているので、簡単に頷いておいた。
茶道部と華道部の合同茶会は、バタバタしていたせいでほぼ茶道部に任せっぱなしだったし、三年はそのまま引退してしまう。
僕は父と同じ流派の茶道部がある大学に進む予定なので、これからは勉強一筋になる予定。
体育祭と学際は二年生が頑張ってくれるだろうし。
「妃芽之くんは、受験どうするの?」
「僕は可愛いお嫁さん」
目を大きく見開いて上目遣いで微笑まれてしまった。可愛いけどあざとすぎる仕草に苦笑してしまう。
「まあ可愛いお嫁さんは本当だけど、祖母のオメガの保護団体で就職して、跡を継ぐよ。沖沼家の誰かが継がなきゃ、まだ危ういし」
微笑みつつも言葉の端々が不穏で、首を傾げてしまう。意味深というか、沖沼家は色々と闇が深そう。
「壮爾くんは大学でしょ。大学行ったら、ベータでもいい男もいい女もいるもんね。もしかしたら運命的な出会いがあるかもね」
運命的な出会いか。
僕だって妃芽之くんみたいに可愛いければ、『可愛いお嫁さん』って言えるのに。
もし仮に沖沼くんが僕を諦めてくれた場合、僕は誰かと恋に落ちることは可能なのだろうか。
「……僕はきっとアルファの男は対象外だよ」
「もー。トラウマって根深すぎだねえ」
笑い飛ばしてくれるので、それは少しだけ救われた。
けれど窓際の席から、移動している彼を見た瞬間、胸がざわめく。
こんなに離れているのに、彼の存在はまだ僕の中から消えてはくれない。
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