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六、運命交差 ②

 ゲーム機とゲーム、あと佐伯さん宅の汚い作業場を少しは綺麗にしてやりたかったのに。  鐘さえあれば少しは気がまぎれたのに。 「津々村、君は」 「……あ?」  さっさと帰れって命令したはずなのに、なぜまだこいつはいるんだよ。 「きちんとご両親のお墓にお参りしたのか?」 「――っ」  お前が言うなよ。お前だけは言うなよ。  胸ぐらをつかんでやろうと近づいた瞬間、懐かしい匂いが漂ってきた。  懐かしくて、甘くて、胸が締め付けられるような切ない匂い。  苦しくて、苦しくて、甘く俺を酔わせるような匂い。  固まった俺を不思議がる生徒会長の後ろのドアが、数回叩かれた。 「津々村くん、騒がしいけどどうしたの」  お局看護師長がノックしただけなのに、この匂いはなんだ。  この匂いは誰なんだ。  生徒会長の横をすり抜けたが、こいつじゃなかった。  この匂い、ヒート中に嗅いだ匂いだ。 「おい、ババア。そこに誰がいるんだ」 「ば? 口の利き方に気を付けなさい。よくわかったわね。紫野さんが今まで――あら?」  急いでドアを開けると、看護師長しかいなかった。  だが今すぐ泣き叫びたいほどに心を動かす匂いが、廊下に漂っていた。  追いかけたい。抱きしめたい。抱きしめられたい。  探していた。求めていた。子の匂いしか嫌だ。  心と身体が動揺しているのが自分でも分かった。  ヒートさえ自分で動かせなかった俺が、この匂いを嗅いで理性を保てるはずがない。 「紫野って誰だ。どんなやつだ」 「どんなって、とてもお綺麗で上品で、淑やかな夫人よ」 「――夫人?」  女なのか。俺の運命の相手って。  ふうん。女かあ。年上なのかな。ちょっとだけ胸が躍る。 「俺と宥一郎の祖父の後妻だ。沖沼紫野。尊敬している俺の祖母だよ」  ただ。  ただその言葉を聞くまでは。

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