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七、ヒート×けれど気持ちは②
利圭が何か言うと、妃芽之くんはおもしろそうに聞いている。
けれど僕は、彼が居なく無くなっても眩暈がしそうなほど匂いに引き寄せられていた。
***
彼は、生徒会の手伝いという大義名分をもらったせいで、堂々と三年の教室に現れるようになってしまった。
生徒会長が完全に生徒会の引継ぎを終わらせれば、三年の教室には来なくなるだろうけど、落ち着かない。
ヒートって今まで体験がないせいで、そろそろ来そうだなって予感や予知はできないはず。
それなのに、彼が階段を上がって三年の教室に来るのが、匂いで分かってしまうほどになった。
「生徒会長、焼きそばパン買って来いよ」
利圭が、廊下で話している二人を見てそう茶化したが、生徒会長は表情を崩さず「あとで家に届ける」と言ってのけ、利圭と妃芽之くんは爆笑していた。
僕だけだ。彼は僕の異変にまだ気づいていない。
二人に隠れて抑制剤を飲みつつも、廊下から香る番の匂いに、身体の変化は誤魔化せなかった。
「俺、今日はバーイト」
放課後までなんとか誤魔化せた僕は、利圭が佐伯さんの手伝いにさっさと帰って行ったのを心の中でホッとしつつ見守った。
「大丈夫―?」
妃芽之くんが僕の顔を覗き込むので、適当に頷いた。
「抑制剤が体質に合わないのか、ちょっと身体が怠くて」
「ああ、今まで飲んだことないもんね。十八時まで保健室で寝てる? 零時さんに家まで送るように言っておくよ」
「いうあ、そこまでは」
「大丈夫。ほら、保健室の鍵。僕しか持ってないんだから、内緒ね」
妃芽之くんは、宿題を一週間さぼった罰で居残りがあるらしい。
できれば家に帰って閉じこもっていた方がいいのだけど、抑制剤があっていなかったのかもしれない。
利圭や彼の前で気を張っていたのが、今揺らいだおかげで楽になったのかな。
お言葉に甘えて保健室で今から二時間ぐらいかな。休憩させてもらうと思う。
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