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6. 3
クレセントは工場の裏どうりにある
レトロな喫茶店だった。
無口だけど優しそうで、品のよい主人が
1人で営業している。
職場の近くにあるけれど、工場の人間が
ここを利用しているのはあまり見かけない。
仕事の後で、珈琲。というより
仕事の後は酒。もしくはさっさと帰りたい
という奴らの方が多いのだろう。
それでもクレセントの向かえには、地方から働きに
出てきている期間社員が利用する寮があるため
利用する人間が少ない割には、認知度は高いのだ。
和真が店内に入ると客は一人も居なかった。
このどしゃ降りじゃ無理もない。
むしろ、よく営業してたな、と思った。
「ホット下さい」
カウンターの向こうで
雑誌を見ていた店主に言うと
「はいはい」
と小さく返事をして店主が動き出した。
革張りの固いソファーに座って
背もたれの後ろの窓を眺めた。
大粒の雨が激しく打ち付けていて
満足に外も見えない。
ー 九条さん本当に来るのかな…
忘れられてたりして…
そんな心配をよそに
それからすぐに、店の前の駐車場に
大きな黒い車が入ってきた。
「お疲れ」
店内に入ってすぐ、俺の姿を見つけて
ニッと笑った。
「会社からここまでで既にびしょびしょ」
俺は足を伸ばして、自分の濡れたズボンを
九条さんに見せた。
「ホントだ。会社で一緒に乗せれば良かった?」
「…それは遠慮します。
やっと皆、あの日の事忘れかけてるのに」
「そういうと思ったよ」
九条さんはメニューを見ながら笑った。
「なんか腹減ったな。
もうここでなんか食ってく?」
「食べる!」
実はメニューが自分の好みにドンピシャで
気になるものばかりだった。
俺はハヤシのかかったオムライスを食べて
九条さんはカツレツを食べた。
期待を裏切らない旨さだった。
「幸せそうに食うなぁ」
九条さんが俺を見て目を細めて笑った。
「……旨いんだもん」
「俺、Ωがなんか食べてるとこ
見るの好きなんだ、なんか興奮する」
「……どんな性癖っすか」
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