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19.愛と知っていたのに
「お、ナポリタン?」
「え?あ、うん。
材料があったから」
ボーッと昔の事を思いだしながら料理をしてたら
“彼”が部屋から出てきた事に気づかなかった。
「仕事終わったの?」
「うん、おまたせ」
「じゃぁちょうど良かった。麺茹でるね」
「了解!」
彼は鼻歌混じりに部屋へ戻って行った。
・
・
あれから俺と蓮は、何度か会おうとした。
でも、最初は台風。
次は急な仕事…と。
会う機会をことごとく削がれ、結局仕事のついでに
蓮が東京へやって来た時に、会社のメンバー数人で
飲み会をして、その時に会ったのが顔を見た最後に
なった。
蓮が東京を離れる頃には、俺たちの関係は
公然の秘密になっていたから、会社の人たちが
気を利かせて隣に座らせてくれて
その時にお互いの近況を報告しあった。
飲み会が終わって、じゃぁホテルにでも…。
と、普通だったらなっていただろうけど
この日、たまたま碧斗君がロシアから帰国していて
会う機会の断然少ない碧斗君へ蓮を譲った。
電話やメールでのやりとりは
時々していたけど、それも最初の1年だけだった。
時間の流れとともに連絡する回数は減り
俺も蓮も会おうと誘う事はなくなった。
あの日…あの別れの日…
蓮が俺の物になると、ウソでも言っていたら…
俺はついて行ったのだろうか?
仕事の事も、政実の事も置き去りにして…。
今となっては分からないけど
あの頃の自分だったら…若さゆえの勢いで
蓮に流されて行ってしまったかもしれない。
責任を全部蓮に預けて…。
・
・
「安定の旨さだね」
彼が頬に詰め込むような勢いで
ナポリタンを食べる。
「ちゃんと噛んでる?」
彼は頭もよくて、顔もよくて、育ちもいい
でも、時々こんな風に子供みたいな表情を
見せる。
そんな愛らしい姿を見ていると幸せで
胸の奥がじわっと温かくなった。
名古屋へついて行ってたら
この出会いも、なかったかもしれない…。
俺はせっかく正社員になれたのに
たった2年と少しでリストラされて
アパートの立ち退きも重なって、心身ともに
ボロボロの時に“彼”に出会って、救われて
愛され、愛するようになった…。
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