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第3話【Side:山戸慶】

 その日、山戸は高校時代の夢を見た。あぁ、これは夢だと気づけたのは、お互いがまだ学生の服を着て笑いあっていたからだ。  卒業式を終えたばかりの二人は、駅から少し離れた桜並木の下を歩いていた。 「おー見ろよ、慶。桜が満開、満開!」  たくさんの桜の花びらを浴びた佐川が笑いながら言った。 「この時期、いつも来たがるよなーお前」 「桜好きなのよ、俺。前世、桜の木なのかも」  佐川は、両手を広げ、自分が木になったようなポーズをする。  3月になるといつも佐川はこの桜並木を見に来たがった。そして、たくさんの桜の花びらを身体中につけ、桜を見るのが好きだと言った。自分も桜になった気分になるから、と笑うのだ。 「馬鹿な事言ってないで、満足したら帰るぞー、ガ●トに19時からだったよな」  仲のいいメンバーで、最後の晩餐と祝して夕飯を食べる事を約束していた。携帯の画面を確認すると16時を過ぎたばかりで、時間には余裕がある。 「少しくらい、遅れたって大丈夫だって」 「まぁ、それもそうだな」  山戸は、近くのベンチに座った。佐川はまだ桜を見上げている。 「なぁ」 「んー?」 「お前っていつから東京出るの」  佐川は高校卒業したら、関西の国立大学に行く。3年生に進学した時にはすでに志望校を決めていて、山戸は 「そうなんだ」と返事をする事しかできなかった。 「あー」「来週くらいかな」  山戸の問いに対し、返事を少し考えながら佐川は言った。 「くらいって、いつだよ」 「教えない」 「なんでだよ」 「だって、慶が寂しがる顔が想像できるから」 「は」  図星だった。まさかの戻しに、山戸は言葉を失う。当り前じゃないか、なんでいなくなるんだよと1年間ずっと思っていた感情をいまさら言葉にはできない。 「さ、寂しくねぇし。だって休みの日にたまには戻ってくるんだろ?」 「まぁな」 「じゃあ、その時に会えればいいじゃん。連絡も今まで通り、毎日のようにするだろうしさ。自意識過剰なんだよお前―」  自分の言葉に、締め付けられるのを感じた。さっきまで視線は佐川に向けていたのに、下に落としていた。 「まぁ、それもそうだな」  強がっている事を気づいたのか、佐川は少し呆れた声で言う。 「でも……」  視線を桜から、山戸に合わせる。そのまま山戸が座っているベンチまで来ると言葉の続きを紡いだ。 「俺は慶と離れることになって凄く寂しいよ」  言葉にならない感情が山戸を襲った。返事がしたいのに言葉が出ない。 「この三年間、慶と一緒に過ごせて本当に良かった。ありがとうな」 「と……突然なんだよ」 「なんとなく、伝えたくなった」 「変な奴」  変な奴は自分じゃないか、と山戸は思った。佐川からの言葉を聞いて無性に、行くなと叫び抱きつきたくなった。しかし男性同士でそんな事はできない。行き場のないうずきを懸命に抑える。 「あー、慶とみる桜も今日で最後かー」 「また大人になっても来ればいいじゃん、勝手に殺すなよ」 「まぁ、そうだな」  佐川は少し寂しそうに笑って、立ち上がる。 「そろそろ行くか」 「そうだな」 「あ、慶ちょっとまって」  立ち上がろうとした山戸を、手で止める。 「なんだよ」 「頭に桜がついてる」 「え、とって。とって」 「ほいよ、頭下げてちなみに目も閉じて」 「は、なんでだよ」 「いいから」  いわれるように、山戸は少し頭を下げ、目を閉じる。一瞬ぐっと、頭の上に何かを当てられた気がしたが、佐川の指で桜を払ったのだろうと、気にすることはなかった。 「とれた?」 「もういいよ」  顔を上げると、なぜか佐川は涙をぬぐっていた。どうした?と山戸が驚いてきくと、「目に砂が入った」と涙目のまま言った。そして、最寄り駅につくまで、突然会話がなくなった。山戸が問いかけをしてもすべて「あぁ」 「そうだな」としか返事が来なかったので、変に会話をすることを止めた。  駅に到着し、改札を通ると行先の違う二人は離れ離れになる。山戸は突然会話が減った佐川に違和感を感じていたもののはしゃぎすぎて疲れたのだろうと思っていた。 「じゃあ、佐川またな」 「おう」  改札をくぐり、互いに違う階段を上ろうとする。 「また、明日」  山戸がそういうと、佐川は笑って片手をあげた。そしてそのまま階段を上っていく。 「あ、ってかまた、明日じゃなくてまた後でじゃん!」  自分の言った発言の誤りに気付き、訂正をしようと思ったがまた後程会えるだろうと思い、山戸はそのまま自分のホームまで向かった。  その日の夜、友人たちの集まりに佐川は来なかった。電話をしてもメールを送っても返事は来ず、「寝てるんだろう」とほかの友人達は笑っていたが、山戸だけは不安を覚えた。次の日、佐川の家に行ってみようかと思ったが、さすがにここまでするのは友人として度が過ぎているのではないかと思い、行くのを止めた。そして佐川との連絡は取れないまま時間がたち、人づてに「東京から出ていった」と連絡が入ったのだった。    現実世界の携帯アラームで、目が覚めた。続きが見れない夢は残酷だなと山戸は感じる。熱くなった目頭を押さえ、布団から起き上がる。 「もう、そんな時期か」  季節が春になるたびに、同じ夢をみていた。今年に入ってまだ見ていなかったが、昨日の佐川からの突然の連絡が影響したようだ。 「変な奴は、まさに俺の事」  佐川へいった言葉を思い出す。山戸は毎年同じ夢をみて、触れたくて、触れたくて仕方がないのだ。世間ではきっとその感情を「好き」だという。高校時代は全く気づきもしなかったが、他人から佐川への想いは恋愛感情だと言われれば、そうなんだろうと思いはじめていた。 「どうせ来てないだろうけど」  昨日の問いに対して、佐川から返事が来ているだろうかと確認をする。期待をしないまま、携帯画面を開くと3通のメッセージが届いていた。  1通目が以前登録したコンタクトレンズ割引のメッセージ。残りの2通は佐川からだった。最初のメッセージはなぜか送信が削除されており読めず、続いてきたメッセージには「おはよう」とだけ書かれていた。 「なにが、おはようだよ。俺の返事、無視しやがって」  佐川は当時の事を話したくないようだ。それならいい、いつか話してくれるまで待てばいい。  ――今はただ、返事をくれただだけで……  高校時代を思い出すように、山戸はあふれ出る感情を噛み締める。 『おはよう、今起きた』     この一言だけで、いつもより朝が明るい気がした。  

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