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ちょっと時間ちょうだいなぁ?

 ここ1ヶ月、バイト優先で時間割を組んできたから、火曜日以外は空きコマがあるんだ。 今日は1、2コマの授業を受けてから、バイトに来たんだけど……働いていないと言っていいほど暇過ぎる。 だからと言ってもスギヨシ、だらだらとうんちくを語るのは違うだろ。 「佐藤くん、カニとほぼカニの違いって知ってるかい?」 僕が店内清掃をしているのに、その道を塞ぎながら品出しをするスギヨシ。 「すみません、知らないです」 出来るだけ機嫌を損ねないように、下手に答える。 「それなら、仕方がない……俺が丁寧に教えてあげよう」 ああ、これは長くなるな。 助けを求めるようにレジ側を見ると、店長のカミナシも微笑ましそうに見守っていて、ユキさんは黙々とレジ周りを整えていた。 それから4つほど雑学を教え込まれ、気疲れでヘロヘロになったから、バックのロッカールームでお茶を飲む。 「マジで辞めてやろうかな」 あいつのせいで理由書を書かなきゃいけなくなったから、ちょっとぐらい愚痴を吐いてみた。 「お疲れ」 渋い声で隣に来たのはカミナシ……神戸店長。 「お、お疲れさまです」 軽く頭を下げると、軽く右手を上げてくれた。 さっきの聞かれてたらヤバイなと思いながら、そこそこと鞄の中にペットボトルをしまう。 「中島に遊ばれて大変だったろ。ごくろうさん」 「いえ……いつも勉強させていただいています。自分、バカなので」 「バカ? お前、成明だろうよ」 僕はそれを聞いて、背筋が凍った。 成明高校は名門の超進学校。 僕は制服が地味だからという理由で入ったから、大した頭は持っていない。 でも、学校名を聞かれて答えただけで人の目の色が変わるんだ。 ここでバイト出来たのも、神戸店長が成明の先輩だったから。 確かにいいことは多いけど、僕自身はそれほどでもないって気づかされるからイヤなんだ。  「中学の時は頭良かったんで、たまたま入れただけです」 下を向いて歯を食い縛るしか出来ない自分にもっとイヤになる。 「いやいや、全部英語だけで授業するところにたまたまで入れないだろ」 半笑いしながらも、肩を2回叩いてくるカミナシ。 「いい加減認めろ! お前はすごいやつなんだぞ」 大きい手で頭を掴まれて顔を無理矢理上げられると、頭のてっぺんにひょろひょろと一本生えた毛を揺らして笑う人生の先輩が目に映る。 それでも、力なく返事することしか出来なかったんだ。  「じゃあ、今日はこれをやるから帰っていいぞ」 ため息を吐いた後に僕に渡したのは野口英世2枚。 「いや、あの……受け取れないです!」 慌てる僕にカミナシは穏やかに微笑む。 「いつも頑張ってくれてるからな、それで美味しもんでも食ってくれ」 じゃあ、お疲れさんと言って去っていったカミナシに僕は一番深いお辞儀をした。 感謝してもしきれないけど、少しでも伝わるように。

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