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君はそのまま

 コトコトとスパイスの香りがした頃になんとなくの情報を書き終え、サガに許可を取って保存をしたら……抽象的だけどなんかすごい絵が現れた。 元に戻そうと横にスワイプをしたら、今度は『柄谷』とひたすら書かれたものが出てくる。 「つか、や……?  サガ、ごめん。変なの出しちゃった」 「んー? ああ、大丈夫やでぇ……それ筆慣らしやからぁ」 コンロの火を止めた後、僕の方に身体ごと向けてニコリと微笑むサガ。 「漢字のやつは‘‘からや’’って呼んで柄谷が書いたやつやし、なんかよくわからんけどすごい絵のやつは羽鳥が描いたやつ……みんな僕の仲間、平太がこれから出会う人たちのものやでぇ」 「なんなら、直感で好きな順に並べてぇや……それでスケジュール決めるわぁ」 意外とみんな個性出てるんよねぇ……と目を細めて、ふふんと笑うサガに仲間との絆を感じた。 花とか手とかの絵系もあれば、『ブレイクスルー』とか『奥まで飲み込め』とかの言葉系もあって、本当に直感で並べてみる。 ただし、奇妙な絵がたくさん描かれてたのはチラシの絵と同じ雰囲気だったから、エッちゃんさんのだとすぐにわかった。  「はい、出来たでぇ……はよ食べよぉ」 両手にカレー皿を持って早足でやってきたサガにありがとうと声をかけると、なぜかありがとぉと柔らかい笑顔付きで返されて、ドキッとした。 「平太はらっきょう派? 福神漬け派?」 「じゃあ、福神漬けにしようかな」 「僕はどっちも入れるぅ」 「あっ、ずるくね!?」 親友みたいなやり取りをした後、今度は2人で手を合わせていただきますをしてからカレーを食べる。 ちょっと辛いけど甘さもあって美味しかった。 よくよく聞いたらスパイスカレーっていうのみたいで、スパイスは作る人によって変わるんだって。 でも、そんなことを知らなくてもいいくらい美味しく感じたのは 「あつ、はふっ……うん、うまいわぁ」 熱さと口に運んだ量の多さで頬を膨らませながらも、ちょっと口角を上げて食べるサガがとても幸せそうだったからかな。    美味しさのあまり、二重の切れ長の瞳を閉じるサガ。 熱いと扇ぐ左手の指は長くて白い。 ハァハァと息を吐く赤い唇はテカテカしていて、下の方が厚い。 見れば見るほど綺麗な顔だから、ずっと見ていられる。 「……僕の顔になんか付いてる?」 僕をじっと見つめながら首を傾げたサガが誘うように言ったので、やっと僕は目を逸らした。 「ごめん、気持ち悪かったよね」 僕は下を向いてガツガツとカレーを頬張る。 サガはまたクスッて笑ったから、僕は恐る恐る顔を上げた。 「欲張りなよ……若いんやから」 サガは左の口角を高く上げ、不気味なほど穏やかに言う。 僕は言葉の意味がわからなくて、目を見開くしかなかった。 「俺が別の誰かと一緒にいるのを想像したくなかったら、たくさん指名してくれればいいから。そしてプライベートまで支配して、俺を平太のものにしたらいいよ」 語調が強い割には辛そうに話すから、僕はサガと諭すように呼んだ。 「ごめん……僕、お金をそんなに持ってないから無理。そこまで人を想えないんだ」 今度はサガが目を見開く。 「それに、サガはサガ自身のものでしょ?」 僕にとって当たり前のことを言っただけなのに、サガは俯いてしまった。 「みんな……俺のこと、そうやって扱うよ」 小さく消えそうな声で言うから、僕はサガの本音が聞けた気がしたんだ。 「みんながそうするなら、僕がしなくてもいいよね」 バッと顔を上げたサガの瞳は潤んでいた。 「僕はサガを大切にしたいから。サガはサガのままでいてほしいな」 僕はうまく言えたかわからないけど、思っていることを素直に言ってみる。 「ありがとぉ、平太」 穏やかに微笑むサガの顔を見て、ちゃんと伝わったってわかったんだ。

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