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ドM

 「なんなんだよ、スギヨシ!」 なかなか怒らない僕でも、今日はダメだった。 ちょっとお腹を壊したから、客が引いた時にトイレに1回入っただけで『何しにきてんのって、思うよ正直』って壁ドンしながら冷たい目と声で言いやがったアイツ。 超有名大学を卒業したらしい僕より10歳上の先輩……中島誠(なかじままこと)。 最近、バイトリーダーに昇格し、勝手に調子に乗ってるただのフリーターだから、頭の中ではスギヨシと呼んでいるんだ。 「こっちは大学行きながらバイトしてんだっつうの……たまには腹ぐらい壊すだろ」 ブツブツ言いながら、急いで買ってきたお茶とノンアルコールビールとおにぎりが入ったビニール袋を軽く振って早足で歩いていく。  アパートの前まで来ると、自分の部屋の前に人影が見えた。 「ヤバっ……もう来てるし!」 スマホを起動させて時間を見ると、22時で、30分も遅れていた。 すぐに着けるように階段を1段飛ばしして上り、部屋の前に行く。 「すいません、待っていらしたでしょう……すぐに開けますから」 風邪を引いたらいけないと思ってすぐにカギを探してたら、大丈夫でしゅと柔らかい声が聞こえた。 「むしろ……待たしゃれるのは大好物でしゅから、ぼくちん」 息を荒くしてそう言う彼に僕は驚きを隠せない。 舌足らずでぼくちん……なにキャラかはわからないものの、朝の電話を思い出す。 スゴイやつ、覚悟……うん、そんな感じだ。 僕は覚悟を決めるように息を飲んだんだ。 カギが開いてすぐに入り、電気をつけてから彼に入るように促すと、はわわわっと声を上げながら入ってきた彼は僕より背が高いのがわかった。  「お邪魔でしゅいましぇん」 遠慮するように言いながら、居間まで来た彼は黒のベストの礼服に大きいシルバーのアタッシュケースを持っていた。 「まずは飲みながらお話しましょうよ……狭いですけど、座ってください」 「いや、あの……雑に扱ってくだしゃい。ぼくちん、犬猫以下でしゅから」 立ったまま、オドオドしてる彼は重めの茶色い前髪を揺らす。 「いいですから、お茶かビールか選んで座ってください……おにぎりは筋子しかないですけど」 「あの、ホントに……」 ガラスコップを準備してる間も、身体を震わせてただ立ってるから、ちょっと腹が立ってきた僕。 「いいから座れっての! 話が進まねぇなぁ!!」 思わず誰かに向けて荒げたことがない声を出す。 部屋中に響く静けさで、自分がしでかしたことに気が付いた。 「あっ、すいません……「ご主人様の命令なら、喜んで従いましゅ!」」 見たこともない左頬にエクボが出るくらいの笑みを浮かべてストンと座った彼。 まさか、と思いながら喉から低い声を出し、口調を変えてみる。 「おい、お茶かビールか選べ」 「お茶でいいでしゅ」 「筋子しかねぇけどいいな……このやろう」 「はいぃ!  こんなぼくちんにくだしゃるのなら、土でもゴミでももらいましゅ」 満足そうに笑う黒縁メガネで口元にホクロがある彼のキャラは……ドMなのか。

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