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ユキさん

 1コマが終わった後、すぐにスーパーに行って、長ネギをカゴに入れる。 「ささみは5本……解凍で一番安くて色が良いのは」 僕は慎重に品定めをする。 「あら、佐藤くん。こんなところで会うなんて奇遇ね」 大人の余裕を感じる高い声が聞こえてた方を向くと、ユキさんが立っていた。 「あっ、こここ……こんにちは。ユキさん」 僕はこんなところで会うと思わなかったし、神経がささみにいっていたからオドオドする。  藍色と白ギンガムチェックのワンピースを着たユキさん……歳桃雪子(さいとうゆきこ)は仕事でキリッとしてるイメージとはかけ離れた可愛らしさで、思わず50近いおばさんには見えない。 でも話し方はさすがにおばさんで、ズイズイと色んなことを聞いてくる。 「ちゃんと自炊してんの? えらいわねぇ」 「いえ、今日はたまたまです」 「あら、いつもは彼女に作ってもらっているの? おばちゃん、彼女がいるなんて知らなかったわ」 うふふと乙女のように笑うのに、遠慮がない感じがどこかうちの母親に似ている。 バイトでは真面目なユキさん……休憩は一緒にならないから、たまにしか世間話をしないんだ。  「彼女というより、まだ友達なんですけど」 本当をいえば、友達の友達なんだけど。 「鶏肉ダイエットをしているらしいので、自慢の腕によりをかけた料理で胃袋を掴もうかと思っているんです」 だんだん声が小さくなっていって、俯いてしまう僕。 それなのに 「あらおばちゃん嬉しいわぁ」 勢い良く抱きつかれた。 「ささみはこれにしなさい。ドリップが少ないし、よく凍っているから。それに安いわ!」 離れたと思ったら、ズイッと安くて良い肉を差し出すユキさん。 「バイトが終わりにレジに寄って……おばちゃん、焼き鳥奢っちゃう!!」 しまいにはバイト先の焼き鳥を奢ってくれるなんて。 「あ、あの……ありがとうございます」 僕は深く頭を下げる。 ユキさんはうふふと穏やかに笑い、僕の頭をポンポンと撫でてくれた。 「おばちゃん、心配してたのよ……友達大事にしなさい」 ああ、ユキさんがこんなに優しい人だなんて知らなかったな。 僕、恵まれてるんだ。 この恩を生かして、関くんを喜ばせよう。 僕は覚悟を決めた。  学校もバイトも終わり、いつものリュックは背中、藍色のトートバッグを肩、右手にユキさんに買っていただいた焼き鳥を持って大通りを走る。 アパートの階段を一段飛ばして駆け上がり、慣れた手つきでカギを開けて中に入る。 リュックを投げるように下ろし、トートと焼き鳥をキッチンの近くの小さいテーブルに置いて、シンクで手を洗う。 "君は来るだろうか 明日のクラス会に" 昨日聴いたエッちゃんさんの歌を口ずさみながら鍋に水を入れて、火にかける。  パン屋からラブホテルに行く途中にまたエッちゃんさんの歌を聴いた。 "ああ いつも僕が待たせた" エッちゃんさんの強い声とブルースハープの間に聴こえた高い声とギターはもしかしてと思いながらツクにこう聞いてみた。 『もしかしてツク、エッちゃんさんと一緒に歌ってた?』 そうしたら、鋭いねぇ、ヘイタとぎこちなく笑ってふぅと息を吐いた。 『そう、あの人のそばにあはいたんだ……あはそれだけで幸せだったんだけどね』 遠くを見つめるツクの意味がわからなかった僕なんだけど。    ラブホテルで3回目の絶頂にいく前にツクが語っていた話でやっとわかったんだ。 何かのきっかけでツクとエッちゃんは出会い、恋人になった。 ツクは本気だった。 それなのに、捨てられてしまった。  でも、エッちゃんは悪い人だって思えない。 きっと、捨てた理由がちゃんとあるんじゃないかって。 もしかしたら、今も好きなんじゃないかって思いたいんだ。    「もう2度と……か」 歌詞にもあるその言葉を口ずさんで胸がチクッと痛んだ。 恋をしたことなんてないけど、痛くて痛くて仕方がなかった。

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