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関本キヨ
後片付けを済ませ、ぐしゃぐしゃになった顔をティッシュで拭き、鼻をかむ。
そろそろ上がって来るだろうから、元に戻らないといけない。
ちゃんと笑顔で送ってあげないとね。
「あれっ、荷物忘れてる」
卓上テーブルの向こうを何気なく見たら、袋は黄色、取っ手は藍色の紙袋が静かに佇んでいた。
すぐに帰れるように持ってってあげようと優しく持ち上げて前を見ると、キヨがそこに立っていた。
かき上げられた濡羽のような髪に艶のある瞳、黄色のシャツのボタンが3個外れて藍色の生地がチラリと見える姿、そして、軽く開いた厚い唇から吐息がもれているから、お湯熱かったかなと思う僕。
「荷物忘れてたよ……最後に水1杯飲んでって」
僕はなんとか笑みを浮かべて紙袋を右手に握らせると、シンクに向かうために背を向けた。
「待って」
なぜか左手を掴まれた後、いつの間にか抱き寄せられていた。
「なんでやのん……」
納得いかない時の子どものような声が頭の上から聞こえてくる。
なんて思ってるうちに押し倒されてた僕は何が起こってるのか全然わからない。
「キヨ、これ……「なんなん?」」
なぜかキレてる声が聞こえて、恐る恐るキヨの方へ身体ごと向けると、初めてしっかりと見つめ合う。
「僕、なにかしたならごめんね」
また泣きそうになったから目を逸らすと、キヨはため息を吐いた。
「自分、むちゃくちゃやわ」
やっぱり嫌われてんのかなと、喉がツーンとしてきたから大きく唾液を飲み込む。
すると、右あごを長い指で上げられた後、厚い唇が僕の呼吸を止めたんだ。
プチュ……プチュ……
まさに大人のキスっていうやつをされている。
柔らかいマシュマロみたいな唇が温かくて気持ち良いから溶けそうだ。
大きいリップ音を立てて離された後、キヨは切なげな瞳を僕に向ける。
「アホ……勘違いし過ぎやで、自分」
穏やかな声で言って、僕の右頰を優しく撫でるキヨ。
「嫌ってんちゃう……むしろ感謝してんねん」
キヨは初めて微笑みを浮かべる。
「でも、ここに来るのもイヤだとか鶏肉ばっかとか、あと、あとは……目が合ったら反らしてたじゃん」
僕は早口で抵抗する。
すると、キヨは目を見開き、顔が真っ赤になった。
「それは、みんなが良いことしか言わんから。そして……む、むっちゃ、か、カッコええから」
また俯いたけど、咳払いをして顔を上げるキヨ。
「おりぇの好きな物を作ってくれて、おりぇの大切な人を助けてくれたペーターを嫌いになるわけないやんか」
大事そうに話すキヨに、僕は紙袋の色合いの意味がわかったと同時に何気なかったサガとのやり取りを思い出す。
『黄色い鳥ばっかじゃん、サガ』
『あっ、ほんまやねぇ……やっぱ好きやからなぁ』
あの後に渡されたタブレットのカバーもエプロンも藍色だった。
そして、確信したのはサガのランチバックと同じ色合いだから。
おそろってやつかな。
それをするってことは……サガとキヨって、そういう仲なんだ。
「そやから、ペーターになら全てをさらけ出すって決めた……抱いてや」
「えっ、でも……「分福はペーターならええよって言ってくれたし、ほんまにええ子やったから……大丈夫やで」」
僕はそれでも躊躇していたら、また口を塞がれ、蕩けるように何度も食まれた。
「おりぇ、ネコやから……やり方ちゃんと教えるから抱いてぇな」
キヨに色が見える瞳で見つめたまま言われたら、僕はうなずくことしか出来なかった。
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