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自信がない

 中に入ると、目の前になぜかベッドメイキングがされたダブルベッドがあった。 でも左回りに見回すと、美容院の道具なのかお洒落なボトルや数種類のハサミ、色とりどりのタオルが置いてあったから、やっぱり髪を切るための部屋だと思い直しつつ、また場違いなベッドを見て立ち尽くす。 「はいはい、よそ見しな〜い」 ピンクのタオルを持ったカイリに強引に向き直された後、大きい鏡の前の椅子に降ろされ、首の後ろにタオルを置かれた。 綺麗に見える鏡に王様みたいな椅子という点は美容院……でも鏡の向こうに映るベッドが気になって仕方がない。 それを隠すように服からもわかる筋肉質な身体が見えて、オレンジ色のマントのようなものを被せられる。 「今日は初めてだから、シンプルなショートカットにするよ。でも、思い切って茶色に染めてみよっか?」 バイト先はそういうの大丈夫?って気遣って聞いてくれるから、大丈夫って返した。  『若いうちは冒険しろ』 カミナシ……神戸店長に髪を切るたびに言われる。 コンビニだけど個人商店みたいなもんだから、むしろ髪を奇抜にして、客寄せしろ……みたいなことを言うくらいだからたぶん、大丈夫。 「じゃあ全体的に薄くした後に耳の回りと襟足を短くして、色はチョコレートブラウンを入れるっと……ええな?」 少し焼けた色の指が僕の髪を撫で、二重で垂れた瞳が僕を見つめるから、恥ずかしくなって小さくうなずく。 「りょうか〜い、すぐ終わるから。寝ててもええよ!」 カイリは白い歯を見せて笑い、僕の頭を雑に撫でた。  「あっ、あと同じ頭にサガがするけど……いい?」 黒い髪を色とりどりのピンで止めていきながらいきなり言われたかは動揺する……サガが僕と同じ髪型にするなんて、信じられない。 「イヤなら断ってもええからな?」 優しい声色で言ってくれるカイリになんとかして意思を示さなきゃと慌てて声を出した。 「いや、ああっそうじゃなくて……いいんだけど、うん、むしろ僕と一緒がイヤじゃなきゃいいと思う」 サガ、モト、ツク、キヨに癒してもらってきたけど……自分がその資格がある人間とはどうしても思えない。 だから、だんだん声が小さくなっていった。 「サガはめちゃくちゃ喜んでくれるよ。あいつ人嫌いなクセに、へいたんのこと気に入ってるみたいだし」 具体的に教えてもいいけど、絶対引く!なんて言うくカイリに、どんなんでもいいから聞きたいと思わず僕はお願いした。  「『なんか豆柴みたいで可愛いから、とことん甘やかしたい。直近の願望は平太と関くんのじゃれあいを遠いところからワインとチーズを嗜みながら眺めていたい……むしろ飼いたい』って……もう心を開くどころか、振り切ってんの」 もう僕の予想の範疇を超え、想像さえしなかった愛に、唖然とした。 でも、不思議と胸が熱くなってきて、それが心地よい温度な気がする。 「関本さんも珍しく嫉妬しないで『ええなぁ』って言ってたし」 良かったなって耳元で囁いたカイリに大きくうなずいた。 「おいで屋の人たちはやっぱり面白いね」 ずっと思ってたことを言うと、まぁなと言いながらカイリは首の後ろを掻いた。  チョキチョキと髪を切る音は聞こえてくるのに、切られてる感覚は全然ない。 不安になって鏡を見ると、カイリは口角を上げてハサミとくしを駆使してちゃんと切っていて、ふわふわと髪の毛が舞っていた。 やっぱりカリスマ美容師ってすごいなと思って見惚れる。 じゃなくても、イケメンだし、優しいし、オレンジの革ジャンがかっこいいし、もちろん小豆色のTシャツもイケてる……ん? 小豆色? 小豆色って 『平太しゃん』 「うえぇぇぇぇ!?」 思わず大声を上げる僕に、カイリがビクッと身体を震わせて、なにぃ!?と言う。

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