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儚い恋心

 四つん這いはかわいそうだから二足歩行で散歩するモト。 淡いピンクの壁 レモン色の照明 黄緑色のソファ 柔らかい色で彩られている内装。 赤ちゃんを胸に抱いて穏やかに微笑む母親 仲良く縄跳びを飛んでいる双子の少年 温もりのある絵画との組み合わせは心が優しくなる。 「まるで天国の花畑にいるような気分になるね」 僕は思った通りに言う。 「正解でしゅよ」 バニラアイスみたいな声で言ったモトにびっくりする。 「ぼくちんのデザイン気に入ってくれたんでしゅね 」 紳士のような笑みを浮かべるモトにへっ?とすっとんきょうな声が出てしまった。 「この部屋のデザインはぼくちん、そして絵はヒサメの作品……ある意味ギャラリーになってるんでしゅ」 モトは穏やかに言いながらこの部屋で一番大きい絵画の前で立ち止まる。 そこには赤をはじめとする色鮮やかに咲き誇るアネモネ畑を囲む木々、そして晴れ渡る空が描かれていた。 脇に白字で‘羽鳥霈‘’’とサインが入っていたのでやっとわかった。 「これってツクが描いた絵なんだ……すごいな」 僕が見惚れていると、んふっと笑う声が聞こえてきた。 「ヒサメはもっと輝ける……ぼくちんが保証しましゅ」 モトの顔を見ると、まるで子どもを見守る親みたいに穏やかに笑っていた。  まだまだあるツクの絵を観ながら廊下を歩くと、響くような歌声とギターの音色が聞こえてきた。 僕らはそれを頼りに一番広い部屋にたどり着く。 オードブルやお寿司、ちょっとしたお菓子が真ん中のテーブルに置かれていた。 でも端の方でマニはナッツ、キヨはフライドチキンをかじりながらソファに座っていた。 「なにしてるの?」 僕が尋ねると、2人して人差し指を立て、前を指差した。 その指の方を向くと、左にエツがハーモニカを持ちながら歌っていて、ツクがアコースティックギターをかき鳴らしていた。 憂いのある伸びやかな声に高くて連れ添うような声が重なったり、ハーモニカとアコースティックギターの音色が綺麗に混じり合うのがとても心地良くて思わず聞き惚れてしまう。 これがエツとツクの本来の姿なんだ。  「バードサウス復活でしゅ」 横を見ると、モトはさっきと同じ笑みを浮かべていた。 「もう2度と戻らない、なんてぼくちんは思ってないでしゅけどね」 目を細めるモトへ僕は残酷な言葉を言う。 「もし、ツクがエツのことを今でも好きだったら……離れるの?」 ツクの前歯を出して、エツの方を見る。 エツも目を見開いて、ツクの方を見る。 ジャンとギターが響く。 笑いながら見つめ合う2人の糸はまだ切れていないかもしれない。 僕にはそう見えるよ。 「ヒサメがそれで幸せなら、ぼくちんは迷わず離れましゅよ」 言葉とは裏腹に声を震わせたモトはぐっと目を閉じた後に真っ直ぐ手を上げた。 「マフラーの歌をリクエストしましゅでしゅ!」 その声にマニはグレイトやと賛同する。 「いけるか、バード」 「あんたの声を見つけたの、誰だと思ってるぅ?」 「ほんまやな……どこまでもいこうや」 「エビちゃんが飽きるまでならね?」 「相変わらずかわいくないわ」 ツクとエツも微笑み合って歌い始めた。 「堪忍な……ミッツ」 キヨは同情するようにモトの腰をポンポンと叩く。 僕は強く胸が締め付けられて、自分のしたことを後悔した。  気分を変えようと今度はキッチンへと散歩に出かける。 厨房のような銀色の内装の中でカイリとサガが背を向けて別々の料理を作っていた。 サガは大きい金色の鍋の中で水に浸る野菜に茶色い粉を振りかけていたから、カレーだとすぐにわかった。 「あっ、よく来たねぇ」 ふわふわな口調で愛らしく笑うサガ。 「媚薬みたいなやつ、また入れてないよね?」 僕がニヤニヤしながら言うと、モトはピクンと震えた。 「な〜んも入れてへんよ……平太にとって悪いものは」 サガはあの時と同じように低い声で言い、口角を上げたから、今度は僕が身体を震わせる。 「おまっ、変な暗示かけんなや!」 大声を上げるカイリになにがぁ?と何もなかったかのように問いかけるサガ。 「洗脳は詐欺やぞ」 「謂れのない疑いかけんといて」 おたまでカレーをかき回しながらカイリとやり取りをしたサガはモトと僕は鳶色の瞳で順に見つめた。 「俺の言葉でちょ〜っと気持ち良くなるだけやんな?」 その後にウインクを2回するから、熱い吐息がモトと僕から出る。  「それがダメだっつうの!!」 絶対痛いような大きい打撃音を立てて、カイリがサガ の頭を叩くと、クマ耳の帽子がはらりと落ちたと同時にサガの叫びが響いた。

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