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episode 2
それは授業前の移動の時、ただ数分間の間に起こったことだった。
「なぁ、お前」
「っ、!」
突然強い力で肩を掴まれて、無理やり振り向かされたと思えば背中には壁、顔のすぐ横には手が置かれていた。
あまりにも突然の衝撃に目を瞑ったが、開けると見たことがあるようなないような顔が目の前にあった。
たしか…名前は思い出せないが同じクラスだったはず。
「Ωだろ」
耳元で熱を帯びた低い声が響く。
ゾワゾワと鳥肌が立って、寒気がした。
けれど俺は何故か、その時身体が動かなかった。
「…な、に」
「甘ったるい匂いプンプンさせてよぉ…すぐにわかんだよ。誘ってんだろ?なぁ?」
「ひっ…!?」
首筋をぬるい濡れた感覚が這って悲鳴にも似た声が出る。
「なぁ、ヤらせろよ」
「っ、……何を、」
「はっ、言わなきゃわかんねぇのかよ。抱かせろって言ってんだよ!」
張り上がった声にビクリと大袈裟に肩が揺れた。
答えを聞く間もなく、男の手は俺の服の中をまさぐってくる。
「ひっ、やだ!」
俺は咄嗟の反射で拳を男へ放ったが、いとも簡単に片手でその腕を掴まれてしまった。
「おーおー、これ本気か?全然力入ってねぇじゃねえか。ほっせー腕してよ。こんなんで俺 から逃げられると思うなよ」
その時、初めてαの恐ろしさを知った。
「…なぁ、お前らって孕めんだろ?試させろよ」
俺はまだ発情期なんて来ていないはずなのに。
医者には発情期の時だけαやβを引き寄せてしまうと聞いたのに。
この世界ではもはや男か女かなんてまるで大した差ではない。
α、β、Ωという三つの第二の性が人生を左右する。
掴まれた腕を頭上で固く纏められて身じろぐしかできなくなる。
「やだっ…誰か…!」
「ああ?助けなんか来るわけねぇだろ」
嘲笑った男の手が腰に回った時だった。
「何してんだお前。さっさとそいつから離れろ」
「はあ?……誰かと思えばモテモテαさんじゃねぇか。なんだ、ヒーロー気取りかよ?」
腰に回っていた男の手を掴んだのは名倉 だった。
俺の唯一の友人。
俺のことを唯一友達だと言ってくれた人。
「いいからその手を離せ。校内でこんな事してみっともないと思わないのか?」
「思わねぇなぁ?お前もαならわかんだろ、この匂い」
ビクリ、と肩が震えたのは本能的な反射だった。
名倉はそんなことしない、するはずがないと思っていたのに。
「…今のこの状況教師にばれたら退学だろうな。それでもいいのか?」
「……チッ、気取りやがって。気に食わねぇ」
男は名倉に掴まれていた腕を振り払って去っていった。
名倉の表情はどこか暗かった。
「何もされなかったか?」
「…うん、ちょっと触られただけ。ありがとう」
「……これからはなるべく俺の近くにいろよ。その方が安全だろ」
どこか怒っているような、初めて見る表情だった。
「…いや、でも」
「……俺が怖いか?」
「そうじゃない…!」
名倉に悪いから、と言いたかったのに。
「ならそうした方がいい」
「……俺さ、」
「なんだ?」
「……いや、なんでもない」
αは怖い。
けど、名倉だけは違う。
ずっとそう思っていた。
ずっとそう思っていたい。
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