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episode 8
酷い倦怠感と頭痛。目覚めた途端これだ。
一体何時間眠っていたのか自分にもわからない。
重たい体を持ち上げると、自分の寝室で、自分のベッドの上だった。
時計が指していたのは昼の11時で、カレンダーに目を移せば気を失った日から2日が経っていた。
ズキズキと痛む頭を押さえながらリビングへ向かうと、テーブルには1人分の食事を置き手紙があった。
"仕事で急用ができた。すぐ帰ってくるから少しだけ待っててくれ。飯残すんじゃないぞ"
正直食欲はあまりなかったが、ここ丸2日食べていないとなると流石に体に障ると思い食事に手をつけた。
不思議と何があったのかは嫌という程鮮明に覚えている。
発情期が来て、俺は名倉と―――。
まだあの時の感覚が体に残っているような気がしてなんだかむず痒かったが、嫌悪感は全くなかった。
むしろ嬉しいだなんて思ってしまっている自分がいる。
けれど、あの時の欲で濡れた獣のような瞳を思い出すと寒気がした。
まるで自分の知っている名倉とは全く違う人のようだった。
* * *
「要!目が覚めたのか…悪いな、一緒にいてやれなくて」
「…兄さん、こっちにいて大丈夫なの?」
「偶然こっちでの仕事が入ったんだ。でも明日には帰らないといけない
兄は帰ってくるなり俺を抱き締めた。
俺をじっと見つめては安堵したような表情を見せる。
「一緒に来てくれ」
もう何度目だろうか、けれど何度言われても気持ちに変わりはなかった。
「…ごめん兄さん、俺はやっぱりここにいたい」
「お前凌に何されたかわかってるのか?俺はあいつをぶん殴っても許せなかった」
「っ、凌を殴ったの!?」
「兄として当然の事をしただけだ。これに関してはたとえお前の言うことでも聞けない」
兄が怒るには当然だった。俺は名倉に犯されたのだから。
けれどそれは決して名倉だけのせいじゃない。
それは、Ωである俺のせいでもあった。
「…俺が発情期になんかならなければこうならなかった」
「要、自分を責めるな」
「俺が悪いんだ。…でも、凌にあんなことされたのに嫌じゃないって思ってる自分がいるんだ」
指が白くなって震えるくらい手に力が入る。
「…俺は、凌が好きなんだ」
「要…」
「でもきっと凌には迷惑かもしれない…」
俺は俯いたまま顔が上げられなかった。声も震えていたかもしれない。
涙だって…。
「…もし要が本当にそう思っているなら、否定はしない。たとえ番になりたいと言ってもだ。けど、俺はもう要の涙は見たくないんだ。俺のたった一人の大切な弟だから、絶対に幸せになってほしいと思ってる」
一つ、二つと瞼に溜まっていた涙が手の甲に落ちる。
「…これを、」
「……?」
兄から渡されたのは両手に収まる大きさの薄い正方形の箱。
開けると輪っか状のものがぴったりと収まっていた。
「チョーカーだ。お前も聞いたことぐらいあるだろ?望まない相手と番になってしまうことを防ぐためのものだ。それを付けておけば番が成立することはない」
「これ…」
「本当だったらもっと早く渡しておくべきだったんだが…、遅くなって悪い」
「ううん、ありがとう」
取り出してみるとそれは鉄のような硬い素材で出来ていたが、軽かった。
チョーカーは付ける事によって自分はΩだということを公表するのも同然だが、番が成立してしまうことを確実に防げる。
今ではスマホと連動して暗証番号を設定するタイプのものもあるが、これは指紋認証を設定するタイプのものだった。
つまり、俺以外が外すことはできない。
「誰かといる時は必ず付ける事。それが約束だ。それと今まで通り月に一度は必ず帰ってくるからな」
「…ここにいていいの?」
「ああ、何かあったらすぐに連絡しろよ」
「うん。ありがとう」
俺はさっそくチョーカーを首に付けた。
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