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episode 12

名倉凌(なくらりょう)。彼は人を惹きつける。 全く自覚はないだろうけれど、ずっと近くにいた俺にはわかる。 遠くから見る彼はいつも気だるそうに窓の外を眺めていて、ただそれだけの事なのに絵になっている。 周りからしたら、近づきたいが近づけない。 話しかけたいが、話しかけられない。 きっとそんな存在なのだろう。 けれど彼は昔から誰とも交流しようとしない。 ただ俺だけを見て、俺だけを"友人"だと言って、俺だけを守ってくれる。 いつだって助けてくれて、俺にとってはヒーローみたいな存在だった。 そんな彼だから敵が多いという事を俺はよくわかっていなかった。 「ねぇ、貴方逢沢要(あいさわかなめ)さんよね?」 「……そうですが」 あの後病院に行ったが、やはり妊娠していた。 俺と凌はこれをきっかけに学校を辞める事に決めたのだが、当然直ぐにできる事でもなく、体調も安定していたのでまだ学校へ通っていた。 学校でもほとんど凌が近くにいてくれるのだが、その時はたまたま1人でいた時だった。 1人になるのを狙っていたかのように、凌が離れると同時に声をかけてきたのは見かけない顔の女子生徒だった。 名前は名乗らなかったが、どうやら別のクラスの生徒らしい彼女は淡々とした口調で俺に語りかける。 「突然だけど言っておきたい事があって。私ずっと名倉くんに片想いしてたの」 本当に突然すぎる。 「Ωの分際で彼の隣にいる貴方が許せないの。番になれるからってαにはΩが相応しいだなんて思わないで。どうせその忌まわしいフェロモンで誘ったんでしょ?」 彼女は言葉とは裏腹に上品な顔立ちだった。 俺は否定する事もできず、ただ彼女の「忌まわしい」と放った言葉が俺に重く突き刺さる。 「"番"だなんて本当に吐き気がするわ。結婚の縛りなんかよりずっと強力らしいじゃない。貴方もしかして彼と番になるつもり?」 「…それはっ、子供が…っ、」 余計な事を言ってしまった、と後悔してももう遅い。 「……信じられない。もしかして子供がいるの…?どうせその体で彼の事落としたんでしょ?そしたら子供が出来ちゃって、そのまま流れで番になろうとしてる訳?あぁ、気色悪い!もういっその事私が貴方の首を噛もうかしら。番を引き剥がされたΩはその後一生番を作れなくなるらしいわよ?」 不敵に笑う彼女の表情の方が余程信じられなかった。 俺たちの何を知っているのだろうか。 つらつらと語られるそれは真実とは全く違った事のはずなのに、気づけば俺は頬が濡れていた。 やっと幸せになれたと思ったのに、凌と番になろうと約束したのに。 それを誰かに否定されたという事実が何よりも重く、俺を暗闇に突き落とそうとする。 「私だって貴方とだなんて嫌よ。直ぐに解除するんだから早くそのチョーカーを外しなさい。それが出来ないなら今後凌と距離を置いて、番になろうだなんて思わない事ね」 なんの権利があってそんな事を言うのだろうか。 俺は冷たい床に崩れ落ちた。 その後の事は覚えていない。

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