3 / 11
溶け合う心 ①
みずみずしい新緑も、夜の闇に溶け込めば色は褪せ、撫でる風に乾いた音を鳴らす。
常世から手紙を受け取って二週間。涼はかつての響のように、本殿の蝋燭に火を灯し、毎晩寝泊まりしていた。
ただし灯す蝋燭は一本だけ。
今夜も外れかと、欠伸をしたところで木戸がかたりと乾いた音を立てた。
「涼、久しぶり」
木戸を後ろ手に閉めた響は蝋燭の間に置かれた座椅子にふわりと腰を下ろし、漆黒の浴衣に身を包み正面の布団で胡座をかく涼に微笑む。
いつかはそこに自分が座っていて、煌隆と甘い密会をしていた事を思い出し懐かしく思う。
響は旒の下がった冠を取り、そわそわと落ち着きがない涼を見る。
「何だよ、そわそわして。挨拶もなしか」
「いやその。響お前、また綺麗になったんじゃねぇの」
「そうか?」
「半年見ないうちに髪も伸びたし……不老不死んなっても髪は伸びるんだなぁ」
涼はちらちら響を見ながら、両手を懐手に仕舞う。
「半年? こっちじゃそんなに経ってんの? 向こうじゃまだ三ヶ月しか経ってないよ」
時間の流れが違うと聞いてはいたけれど、まさかそんなに差があるとは思わなかった。道理で木戸を潜った時に少し暑いと感じたわけだ。
「へー、のんびりしてんだな。そんで、わざわざ手紙まで寄越して直接話したいなんて、何の話だよ」
「その……お前なら知ってるかなと思って」
「何を? 響が知らねぇで俺が知ってる事なんて何かあったっけ?」
響は姿勢をただし、俯き加減に涼を見て前置く。
「涼に、こんな事聞くのは駄目だと思ったんだけど、向こうで知ってる人が誰も居なくて……お前を頼るしかないんだ。凄い失礼な事聞くけど、先に言っとく、ごめん」
「何だよんな改まって……」
ごくりと響が唾を飲み込んだ音が、境内で騒ぐ虫の音に掻き消される。
「……男同士って、どうやるんだ?」
涼はきょとんと目を丸くし、ぽかんと開いた口は次に大笑い。響は体を縮め涼の大笑いを聞けばひやひやしながら返事を待った。
一頻り笑い、肩で息をし涙を拭った涼の、響を見る目付きが変わった。
「へー……俺にそんな事聞くわけね。お前結構、酷いヤツだな」
「だから最初に、謝っただろ……」
「いいよ別に、教えてやっても」
涼は懐から手を出し、じりじりと響に近寄る。その目付きは鋭く、蝋燭の灯に照らされ濃い陰影のついた顔は、妖艶に笑う。
「まさかタダで教えろなんて言わねぇよな?」
気が付けばもう身動ぎすれば触れ合う程の距離で、響はどきりと身を引く。引いたところで座椅子の背に阻まれ、涼の接近を簡単に許してしまう。
涼と友人として付き合うようになって数年。まさか涼の中にこんなに官能で攻撃的な部分があるとは知らなかった。こんなに恐ろしげに歪んだ笑みができるとは知らなかった。
「別にさぁ、お互いのモン慰めるだけでもいいんだけど、やっぱ男としちゃあ、組み強いて、突き上げて、支配したいと思うよなぁ」
さらりと、涼は響の髪に手をさし入れる。首を捻り顔を逸らす響の顎を掴み、強引に視線を絡ませ鼻をすり合わせながら、顎を掴んだ親指で響の唇を撫でる。
いざとなったら蹴り上げて逃げてしまおうと思っていた。非力な女ではないからそれが出来ると思っていた。けれど響はすっかり体が縮み震えてしまって、言葉も出ない。指一本さえ動かせず、涼の口から溢れる不吉な言葉にますます体は硬直する。
「……泣き叫んでも、抵抗しても、それを押さえつけて自分のモンにしてぇと思うよなぁ。誰かに貫かれる前に、俺を刻み付けたいって、思うよなぁ……あいつの名前を呼んでも、遠い常世までお前の声が届くかな?」
「や……やめ……っ」
とうとう響の目尻から涙が溢れ、頬を伝って涼の手を濡らした。
カチカチと奥歯が鳴るままやっと声を出せば、殆ど言葉にならなかった。抵抗出来ない響の唇に、ニヤリと顔を歪めた涼の唇が触れるか、触れないか。
響はきつく目を閉じ、歯を喰い縛った。
どうしよう、このままもし、涼に襲われてしまったら──
どうにかこの場を逃れる方法を探していたが、一向に響の体に触れるものは無い。うっすら瞼を開け様子を伺えば、布団の上で胡座に懐手の涼の姿がぼやけて見えた。
「……え?」
今度は両の目でしっかり見れば、目が合った涼が先程迄の恐ろしく妖艶な笑みではなく、悪戯っぽくニヤリと口角を上げた。
「俺がお前を襲うわけねーだろ。んな事聞いた罰にちょっと脅かしただけだって」
ちょっとやり過ぎたかなと、涼は頭を掻いて舌を出す。
「おま……っ! あほ! 馬鹿涼! マジで恐かったぞ!」
「そりゃ半分は本気だったし」
「半分も本気出すなよ!」
「ウソウソ。ずっと大事にして来たのに今更傷つけるわけねーじゃん」
それに、あいつに見付かったら殺されるしと、涼は物騒な事を呟いた。
「で、男同士のやり方だっけ? 別に難しいもんじゃねーよ。オーラルだけで良いならあの人のくわえてやりゃいいじゃん」
「くわえ……」
響は口を真一文字に結び、なんとなく胡座に座った涼の股に目をやる。視線に気付いた涼は口角を上げ、片膝を立て挑発的に笑う。
浴衣の裾がめくれ、黒い褌がちらりと覗く。
「何なら練習してみっか?」
「あほ!」
脇息を持ち上げ涼に投げつけようとしたが、さすがにこれは危ないかと思い直し元に戻す。
涼はけらけら笑い、話を続ける。
「なぁ響、穴があんのは女だけじゃないぜ」
「え?どこにだよ」
「かーっ! 頭は良いのにそーゆうのはてんで鈍いんだな! ケツにあんだろうが、立派な穴が!」
「……え。まさか。そんなとこに入るの?」
「よーくほぐしてもらえば入るって」
「そりゃ、痛そうだな」
「慣れりゃ気持ちいいらしいぜ」
響は自分の心臓がうるさく鳴りだして思わず胸を押さえる。
「響、穴も棒も二つあんだ、別にお前があいつに突っ込んでも良いんだぞ」
いちいち台詞が下品だが、涼だから仕方ない。響は自分が煌隆を押し倒す場面を想像してみるが。
ただでさえ強引な煌隆にいつも翻弄されっぱなしなのに、自分がそんな事出来る筈もない。
「だろうな。まぁさっきの反応見りゃお前は完全に受けだわな。あ、そーだ、ローション……はないだろうから油でも塗れば入りやすいんじゃね」
「……頭がぐらぐらしてきた」
考えてみれば涼と下ネタを話すのは初めてで、免疫のない響は刺激の強さに目眩がし出した。
そろそろ戻ると立ち上がれば、涼がひらひらと手を振りながら。
「おー頑張れよ。感想よろしく、オカズにすっから」
などとニヤニヤして。
全く他人事だと思って。
響はふらふらしながら木戸の向こうに戻った。
ともだちにシェアしよう!