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ⅳ ②

 決定的だったのは今日の昼休み。  一服終わった春樹は、給湯室にコーヒーを飲みに来ていた。給湯室に設置してある一杯五十円のドリップコーヒーは、なかなかに味も良く昼休みは必ず飲みに来ている。  休憩の度コーヒーばかり飲んで中毒になりはしないかと思うが、ブラック派だから別に問題はないだろうと適当に自分を誤魔化す。どちらかと言えば、体の心配より財布の方が心配だ。一本百三十円を一日二本、それに給湯室の五十円。一日三百十円を約二十二日……  いつもの癖でコーヒー代の計算をしていると、給湯室のドアが開いて我に返る。 「あ、近藤さん。居た居た」  弁当箱を洗いに来たのは西島。弁当箱は洗って持ち帰るよう躾られていて、始めは面倒臭そうに洗っていたが今は当然の流れになっているようだ。  春樹は洗い場から聞こえる音を聞きながら窓の外に視線を移す。座ったまま十五階から見える景色は空ばかりで、雨を降らす灰色に気分も灰色になるようだ。  そう言えば、クリスマスの出来事に頭がパンクしてしまい、西島への説明がまだだった。話すなら今がチャンスだと西島を振り返ると、弁当箱を洗い終えた西島が隣に座るところだった。 「あのさ、西島。この間の事なんだけど……」 「大丈夫です! 誰にも話してませんから!」 「いや、そうじゃなくて……」 「あ! もしかして……アレの相談っすか? 残念ですが、僕じゃ力になれないです」 「アレ?」 「そうだ、ちょっと待ってもらえますか?」  そう言って西島は真剣な表情でスマートフォンを操作し出した。  普通にあの日の話を話題にしたところで先手を打たれてしまうらしい。これは誤解を解くのに根気がいりそうだ。  思いながら溜め息を吐くと、目の前に画面が差し出された。 「今は携帯で簡単に動画とか見れるんですよ。それに需要が多いらしくて、その手の動画も無料で沢山ありますから。それ見て勉強して下さい! 後でURL送っときますんで」  目の前に置かれた画面には、大きな見出しで『ジャニ系男子のケ●マ●●にデカ●ラぶちこんで云々かんぬん』と過激な煽り文句が。その下には半裸の青年が静止画で苦悶とも恍惚ともとれる表情でこちらを見ている。 「なんだこりゃ!」 「何って、ゲイ動画っす。18禁の」 「だから俺は、そうじゃなくてお前の……」  と怒鳴りながらも画面から目が放せない。良く見ると、静止画の青年は髪の色こそ違えど冬真に似ている気がする。 「そうじゃなくて、何ですか?」 「……いや」  あくまで、あくまで好奇心だ。  春樹は誰に言い訳するのか、心の中で何度も呟きながら再生ボタンをタップした。  成程、普通のAVと同じようにドラマ的な演出もあるらしい。ちょっと無理がありそうだが、先程の静止画の青年は高校生に扮していて、簡単な内容としては教師との禁断の恋。放課後の密会。 「ちょっと近藤さん、こんなとこで観ないで下さいよ。てか僕の携帯返して下さい」 「ちょ、もう少し」  最初は談笑していた二人の間に甘い空気が流れだし、熱い抱擁、軽い口づけから濃厚に舌を絡め合う。  マナーモードにしているからだろう無音で繰り広げられる行為に、春樹は釘付けになった。  行為はエスカレートして行き、とうとう高校生役の青年が教師役のズボンを下ろし、熱く猛ったものを口に含んだ。 「おいこれ、無修正じゃねぇか!」 「そ、そうなんすか?」  必死で携帯を取り戻そうとする西島をかわしながら、無理な姿勢で春樹は動画を見続ける。  顔を白濁で汚された青年はそのまま、下半身をまさぐられ快感に頬を染める。 「……まずい」 「え?何ですか?」  春樹は急に下半身が熱くなったのを感じ、携帯をスリープにして西島に突き返した。 「もー、後でURL教えるって言ったじゃないですか。家で観て下さいよ」 「あ、ああ……悪い」  何てこった。これじゃあ冬真との関係は誤解なんだと言えない。  俺は一体、どうしちまったんだ!  西島が出て行き一人残された春樹の頭の中の叫びは誰にも聞こえない。下腹部にテントを張ったまま頭を抱え、必死に脳内で計算をし続ける春樹だった。  どうしたって今観た動画が目に焼き付いて消す事が出来ず、結局昼休みいっぱいを給湯室で頭を抱えて過ごす羽目になった。  そして現在に至る。  三時の一服中にも業務中にも、ふとした隙をついて脳内で動画が再生される。その度理性との闘いが始まってしまい、相当参ってしまっていた。  ひょっとして自分には、そう言う性癖があったのだろうか。  同性相手に、興奮してしまうなんて。  だが今まで普通に女性と付き合ってきたじゃないか。勿論性行為だってあった。たまたまだ。何かの間違いだ。そう、欲求不満か、疲れが溜まっているからに違いない。

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