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ⅵ ①
「起きてたのか?」
「ううん、今目が覚めた。ね、春、こっち来て」
居間から入る光が、体を起こした冬真の胸の辺りまでを照らしている。顔は暗闇に溶け込み、白銀がぼんやりと見えるだけで表情まではわからない。春樹はしばらく敷居をまたいで立ち尽くしていたが、やがて引き返し再びベッドの端に腰掛けた。
「……どうした?」
「春、あのね、正直に答えて欲しいんだけど」
「内容によるぞ」
電気をつけないまま来てしまい、相変わらず表情はわからない。
「どうして実家に連れてってくれたの?」
「……一人で留守番するよりよかっただろ」
「春は普段もクリスマスやるの?」
「いや、冬真としたのが初めてだな」
「どうしてオレの事、知りたがるの?」
「話す気になったのか」
「まだ話せないけど」
「じゃあ何でそんな事聞くんだよ」
冬真は黙り、春樹も黙る。
暗闇に目が慣れると、徐々に冬真の表情が見えてくる。口を真一文字に結び、眉間に力を入れ春樹を上目に見ている。力の入ったその表情からは何かしらの決意が感じられ、春樹は膝に乗せた拳に力が入る。
まさか、近々帰るという話では。
「……ねぇ、春。春はオレの事どう思ってるの?」
「どうって……」
「ただの居候? 夏子さんに言ったようにただの友達? ただの友達をお正月に実家に連れていったりするの? クリスマスパーティーしたりするの?」
「何が言いたいんだよ」
冬真は一度目を伏せ、一息飲んで顔を上げる。その瞳は更に力強く、目を反らすこともできない。
「……どうして、そんなに愛おしそうな目でオレを見るの?」
「っ……! それは……」
思わず顔をそむけた瞬間腕を捕まれ、立ち上がりかけたものの阻止されてしまった。思いの外その力は強く、バランスを崩した体を支えるためにベッドに手をつき顔を上げれば、冬真の顔が目の前にある。
「お願い、ちゃんと答えて。春はオレをどう思ってるの?」
「そんな事聞いて、どうすんだよ」
腕を掴んだままの冬真の手を空いた手で握り、ほどこうと試みるもびくともしない。
「そんな事聞いたところで、お前はそのうち帰るんだろ。だったらわざわざ波風たたせず今のままでいいじゃないか」
「だからだよ!」
冬真は声をあらげ、握った手に力を入れる。必死に、すがるようにもう一方の手も春樹の腕を掴む。
一体、突然どうしてしまったのだというのだろう。ついさっきまでいつもと変わらない様子だったのに、何故こんなに必死になっているのだろう。まるでなにか、焦っているように見える。
「オレにはもうあんまり時間がないんだ。オレだって、波風たたせるつもりなんてなかったよ。このまま、春と平穏に過ごそうと思ってた。それでいいと思ってた、満足だった。でも、でも……ホントは、そんなんじゃ足りないんだ」
「冬真……」
「どうして春に声かけたのか聞いたよね。誰でもよかったんじゃないよ、オレ、春に会いに来たんだもん。ずっとずっと、春に会いたかったんだよ……だから、お願い、言ってよ……春の口から聞かせてよ……他の人から聞きたくなかったよ……残りの時間を、今のまま過ごすなんて嫌だよ……」
ああ、やっぱり、西島から何か聞いたのか。
俯いてしまった冬真の頭を見ながら、気付かれないように小さく息をつく。
冬真への想いは隠しておくと決めたのに。それが一番だと思っていたのに。
結局、自分の事ばかり考えて、また何も見えていなかったんじゃないか。冬真が与えてくれるもので自分ばかりが満足し、与える事など考えた事もなかった。それは物や金など形のあるものじゃない。冬真がくれたものと同じ、形のないもの。
まさか冬真がそれを欲しがっていただなんて、夢にも思わなかった。
「……俺は、こんなこと口にするのは初めてだから、うまく言えない」
「いいよ、春の言葉で聞きたい」
「どうしても、俺から言わせるんだな……そうだな、俺が言わなきゃなんねぇよな」
力を抜いた冬真の手を腕からほどき、変わりに自分の手を握らせる。
たった一言。たった二文字。心の奥底に封じる筈だった言葉を口に出すだけ。なのにそれは喉でつかえてなかなか音にならない。
大丈夫、冬真がここまで言うのだから、その言葉で間違いはない。いや、間違いとか正解とかじゃない。
春樹は握った手を強めに握りしめ、深呼吸をする。黙って春樹を見つめる瞳を見つめ返し、短く息を吸う。今になって、夏子の言葉が頭を過る。
──自分の心に正直になりなさい。平穏じゃなくて、幸せを考えなさい。
「好きだ、冬真……お前の事が、好きなんだ……」
口の中はすっかり乾いて喉が貼り付きそうになる。ようやく振り絞った言葉は声が震え、力なく頼りない音がした。黙って春樹を見つめたままの冬真に、春樹の心に不安が襲う。心臓がうるさく騒ぎ出す。血の気が引いて今にも卒倒しそうだ。しかしこれ以上言葉を発する事ももう出来ず、冬真の反応を待った。
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