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ⅵ ④

「冬真……入れていいか? 我慢できない」 「う……うん……ぁう」  春樹はゆっくり指を引き抜き、欲望が渦巻き過ぎて破裂してしまいそうな熱をあてがう。わずかに腰を引いた冬真の顔を見ると、少しだけ顔色が悪い。あてがっていたものを離し、春樹は冬真の顔を両手で包んだ。 「怖いか?」 「うん……少し」 「できるだけ優しくしようとは思う。けど俺は、お前……冬真とこうなれて、たまらなく嬉しいんだ。お前が、痛くても、苦しくても、正直やめる自信はねぇ。でも我慢するな」 「そ、そんなに痛いの?」 「わかんねぇ……俺も、こんなところにこんなもん入れた事ないからな」 「……オレ、春にも気持ちよくなって欲しいから、頑張る」 「痛かったらちゃんと言えよ……じゃあ、入れるぞ。深呼吸して」  はた、と春樹は馴染みのある場所に腰を落としてから気付く。そうか、脚をかかえたところで突き進むべき場所には届かない。体中が緊張で強張っている冬真にずっと腰を浮かせ続けさせるのも酷だろう。春樹は少し考えて腰の下に枕をひいてやる。  冬真はというと、深呼吸しろと言ったのに口をきつく結んでしまっている。その頭を一度撫で、愛撫で幾分柔らかくなった後腔に春樹は再び熱を押し付ける。一息に押し込みたい衝動をこらえ、手で支えたままゆっくり腰を進める。それは冬真を押し広げ、少しずつ体内に侵入していく。一番抵抗のある部分で春樹が少し強引に突き進むと、冬真は小さく呻いた。 「いっ……!」 「悪い、痛かったか?」 「大丈夫……続けて……」  はやる気持ちを押さえ、春樹はゆっくりと腰を進める。歯を食いしばり痛みに耐えている冬真の手を握り、少しでも安心させようと何度も唇を重ねた。 「冬真……冬真?」 「は……る……」 「全部入った……わかるか?」 「あ、う……おなか、いっぱい……」 「ゆっくり……深呼吸して」  言いながら、春樹も深呼吸をする。冬真の体内を蹂躙したい気持ちを、焼けるような息と共に吐き出す。冬真が落ち着くのを待つ間にも、異物を押し出そうと冬真の意思とは関係なく蠢く壁に春樹は翻弄される。今にも破裂してしまいそうだ。 「痛くないか?」 「ん……今は、だいじょぶ……」 「動くぞ、ゆっくりするから、な」 「う、うんっ……っ」  春樹はできるかぎりゆっくりと腰を引き、同じくゆっくりと進める。冬真を気遣っての事だったが、これが逆効果だったことに今更気付く。  ゆっくりと動く春樹に合わせて小さく反応する冬真。それに、ゆっくり出入りすればするほど、生々しく冬真を感じてしまう。どうして冬真を気遣える程の理性が残っているのか不思議だった。 「あっ! ああっ! 春、そこ、そこっきもちいいっ」  先程指で探り当てた場所を擦ったのだろう、シーツを握り締め歯を食いしばっていた冬真の反応が唐突に変わった。  シーツを離し春樹の肩を掴み、涙で濡れた瞳を揺らす。 「……指と比べて、どんな感じだ?」 「は、春の、うぁ、ぁ、おっき……てっ!」 「どうしたんだよ、ほら、ちゃんと言えよ」 「ああっ! ゆ、ゆ、指よりっきもちっ、いいよぉ!」  気が付けば冬真を気遣う余裕もなくなっており、春樹は獣のように腰を打ち付けていた。苦悶と恍惚の間でさまよう表情、紅潮した頬に大粒の汗、額に張り付いた白銀、熱く乾いた荒い呼吸に飲み込む暇もなく首まで伝う唾液。そして甘い嬌声。そのどれもがたまらなく春樹を興奮させ、痺れるような快感はやがて燃え盛る炎となって脳みそを溶かしてしまう。  世界に二人だけになったような錯覚。  ああ、こんな、頭がおかしくなって、熱と欲の塊になって、どろどろに溶けてしまうような快感── 「やああっ! あやあああ! はるっ、とま……っとまってえぇ!」 「む、無理言うな!」 「ああああ! もうだめもうだめ! 溶ける、溶けちゃうよぉぉ!」  肩にしがみついた冬真の指がぎしぎしと食い込んでいるが、最早その痛みさえも快楽に変換される。  頭を振り乱して泣き叫ぶ冬真のなかをこれでもかというほど蹂躙する。卑猥な水音と、肉を打つ音が壁に反射し春樹の耳に戻り、欲に油を注ぐ。暗いはずの部屋はちかちかと明るく、いよいよ脳みそがだめになってきているのかもしれない。 「冬真、冬真……っ!」 「はっ、る、オレ、頭おかしくなっちゃ……!」 「俺もだ、気持ち良すぎて……どうにか……つっ!」 「あ、あ!? そんな、だめ、はや、はやいぃ! むり、むりだよおぉっ!」  春樹は冬真に覆いかぶさり、脇の下から腕を通し肩を掴む。動きを制限された冬真の奥深くを突き上げ、爆発しそうな欲望を解き放つために、思考も言葉も捨てて、ただ冬真だけを感じる。 「で……出る……! 出すぞ、冬真、お前の中に全部出すからなっ!」 「なにっ、なに!? ああ! わかんない! わかんないよ春っ! だめだめ! 溶けちゃう! とけるうああああっ!」  ながく、ながく。それはこれまでに感じたことのないほど長かった。うるさいほど早く打つ心臓の音で、やがて現実に戻る。ぜいぜいとかすれた呼吸が自分のものでない事に気づくのにどれだけかかったろうか。  春樹は重い体を起こし、欲の抜け殻を冬真から引き抜いた。 「あう……」 「………冬真。大丈夫か?」  汗にしては異常とも思えるほど濡れた額を撫でて、すっかり乾いてしまった唇に触れるだけの口づけをする。冬真はごくりと喉を鳴らし、かすれた声で返事をした。 「……だいじょぶ、だよ……春、熱くって、気持ちよくって、溶けるかと思った……」 「んな大袈裟な……」 「春は……? 気持ちよかった?」 「当たり前だろ。じゃなきゃ……いや、冬真、すげぇ気持ちよかった」 「よかった……」  冬真は目を閉じ、それきりうんともすんとも言わなくなった。春樹は意識を失うように眠ってしまった冬真の体をティッシュで簡単に清めて布団をかけてやり、リビングに煙草と灰皿を取りに立った。──素っ裸でリビングを歩き回るのもなんとも滑稽だ。寝室に戻った春樹は灰皿を置いたローテーブルを引き寄せベッドに腰掛け、煙草に火をつけた。 「………」  肺の奥まで煙を吸い込み、暗闇に煙を溶かす。  なにを見るでもなく、暗闇を見つめてまた吸い込む。  灰が膝に落ちても、気付かない。  結局ほとんど吸わないまま燃え尽きた煙草を灰皿に捨て、春樹は体をねじる。寝息を立てる冬真の額を撫で、髪をすく。あんなに濡れていたのに、もう乾いている。  これまで、行為の後に残ったのは疲労と虚無だけだった。はじめて感じる、いつまでも残る暖かなものは、一体なんなのだろう。  この夜、春樹は初めて冬真を腕に抱いて眠った。

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