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ⅵ ⑤

「春! 起きて! 遅刻するよ!」  翌朝、春樹はいつになく忙しない冬真を不思議に思いながら、夢と現を行ったり来たりしていた。 「今日から仕事なんでしょ? 起きろー!」 「うわっ!」  まだ覚醒していない頭に突然冬真の叫び声がキンと筒抜け、夢現をさまよっていた春樹は強引に目を覚まされた。重い体を起こしてみれば、白いエプロンをつけた冬真が馬乗りにまたがっていた。 「おはよう、春。朝ご飯できてるよ!」 「ああ……あー……そうか、今日は仕事か」 「どうしたの? 今日は随分寝ぼけてるね」  春樹にまたがったまま、冬真はことりと首をかしげる。昨夜の事などまるでなかったかのような顔だ。まさか夢だったのではと、春樹は冬真の顔をじっと見つめる。しばらく冬真は春樹の視線を真っ直ぐ受けていたが、やがて頬を染め視線を外しキョロキョロする。 「な、なに? 朝ご飯食べないと冷めちゃうよ?」  それでも春樹が無言で見つめていると、冬真はベッドから降りて逃げるようにリビングに消えた。仕方なく春樹もベッドから降り、着た覚えのない寝間着を脱ぎ捨てスーツに着替えた。近頃は冬真が早起きして暖房をかけてくれるもんで、部屋中暖かく着替えも苦にならない。 ネクタイを締めリビングに入ると、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。   ソファー前のテーブルには目玉焼きとベーコン、こんがり焼けたトースト、湯気の立つコーヒー。それにレタスとトマトのサラダ。卵は日によってスクランブルだったりする。一人暮らしを始めて十余年、あれこれ試し朝食はこれに落ち着いて久しい。何も言わずとも冬真がそれを用意するようになったのは、家事を任せて三日も明けない頃だった。  春樹は無言でテレビをつけ、コーヒーをすする。ちらりとキッチンに立つ冬真を見れば、ちょうど弁当を包んでカウンターに置くところだ。満足げに息をついた冬真は、グラスにたっぷり氷をいれてアイスコーヒーを作っている。  いつもと変わらない朝だ。  いよいよ昨夜の事が夢か幻に思えてきた春樹は、朝食にほとんど箸をつけないまま冬真を隣に座らせる。 「なぁに? 早くしないと遅刻するよ?」 「まだ大丈夫だよ。それより冬真……夕べさ」  そこまで言ったところで、冬真の白い顔が真っ赤に染まる。 「き、き、昨日は西島さんちゃんと帰れたかな?」 「……冬真」 「奥さんに怒られたりしなかったかな? あ、今奥さん里帰りしてるんだっけ?」 「こら、冬真」 「……うぅ……だって……」  しどろもどろに言葉を濁す冬真の頬を挟み、無理矢理視線を合わせる。すると冬真は真っ赤になったままうつむいてしまった。 「まったく……お前があんまりいつも通りだから、俺は夢でも見てたんじゃないかって心配したぞ」 「だってだって! ……恥ずかしかったから……」  冬真はエプロンの裾を握り、小さく呟く。耳まで真っ赤にして、少女のように恥じらう。春樹はそれがたまらなく愛しく感じ、うつむいたつむじに強めにキスをした。 「夢じゃなかったんだな?」 「ゆ、夢じゃないよ! オレだって、夢かと思ったけど……その……」  顔を起こした冬真は、相変わらず顔を真っ赤にしたまま困った顔でキョロキョロ視線を泳がせる。 「ん?」 「あの……その……起きたらさ、なんて言うか、その……お……お尻が痛くて……夢じゃ、なかったんだなーって……」 「かっ……」  ぼそぼそ言った冬真のセリフを聞いて、春樹まで顔が熱くなった。思わず可愛いと口走りそうになり、春樹は咳で誤魔化した。 「て言うか春! セックスって気持ちいいんじゃなかったの!? なんでオレだけ痛い思いしてんのさ!」 「朝っぱらからんなセリフ叫ぶな! ……なんだよ、気持ちよくなかったのか?」 「……!そりゃっ……気持ち……よかったけど……」 「悪かったな、俺もいっぱいいっぱいだったんだよ……ほら、マッサージしてやるから」  言いながら春樹は自分の膝に冬真を跨がらせる。冬真は頬を脹らませて春樹の肩に手を付く。春樹はその背を引き寄せ、上半身を密着させる。冬真は一瞬体を強張らせたが、春樹の肩に顎を乗せ息をついた。 「ひゃわ!?」  春樹はすっかり気を許して膝に跨った冬真の下着の隙間から尻に両手を滑らせる。ひんやりとした双丘をもみしだけば、ほんのり熱を帯びてくる。 「やっ、ちょ、ちょっと春っ、お尻が痛いって言ったけどっ」 「ん? なんだよ、ここじゃないのか?」  春樹はわざとらしく分からない振りをする。  片手放し、その手で冬真の頭を撫でてやると、冬真は肩から離れて春樹を見詰める。すっかり紅潮し、瞳が潤んでいる。  熱い吐息を漏らす唇を重ねれば、すぐに舌を出して応えてくる。 「んっ……」 「ほら、どこが痛いんだって?ちゃんと言わなきゃ分かんねぇぞ」 「い、いじわる……」  春樹は手を伸ばし、双丘の奥に隠れる後腔にそろりと触れる。少し腫れているのか、やわやわとして熱を持っているようだ。 「ぁ……いっ……」  小さく声を漏らした冬真に嫌がる様子はない。春樹はそのまま指に力を入れる。 「いっ……!やだやだ、入れちゃだめ……」 「そんなに痛いのか? なんか薬塗った方がいかな」  頬を染め恥じらってはいるが、本当に痛そうだ。ちょっといたずらでもしてみようかと思ったがそうもいかない様子だ。本気で薬を塗るにしたって、どういったものがいいかわからない。春樹はソファに放っていた携帯に手を伸ばす。検索してみようとスリープを解除したところで、そもそものんびりしていられない時間だった事を思い出した。 「やばい。仕事始めに遅刻なんて洒落にならないぞ」  一気に現実に戻ってきた春樹は慌てて冬真をソファに降ろし、言葉少なに弁当を鞄に押し込んで玄関を飛び出した。 「え……うそ、ホントに行っちゃった……」  ぽかんとその背を見守っていた冬真は、ソファの上ですっかり火照った身体を持て余し、やり場のない感情をクッションにぶつけていた。 「……これ、どうすんのさ……はっ、春のばかーっ!」

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