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第六話「深く、その深くへ」
昨日の浮ついた気持ちはまるで嘘だったかのように今日は冴え渡っていた。紡がれる言葉もすんなりと頭に入り、黒板に記されていく問題や回答を写すペンもノートの上を滑りすらすらと書いていく。人間とはこうも単純な生き物なのかと鼻先から笑みさえ零れた。
一日中頭が冴えていた。いつもならやる気になれない講義も難なく受けることが出来、朝は不快な思いをしたが井上の声が鼓膜を心地良く叩いている、それだけで浅野の機嫌も最高と言っていい程に良くなっているのだ。
昼休みに友人と食を共にすればいつもと違う雰囲気に疑問をぶつけられる程だ。
放課後は気の向くままアトリエへと向かう。校舎から離れ人気のない道に歩を進ませていく。場所が少し辺鄙な為か殆どアトリエには人が寄り付かなくなっているのだ。授業に遅れている者が追い付く為利用する。そういう時くらいにしか使われないのである。辿り着いたアトリエには幸い利用者はいないようだ。井上の姿もそこには無かった。久々に創作意欲が湧いている今は簡単にでもスケッチブックへデッサンしたくなる。使われていないだろう放置されたスケッチブックと鉛筆を手に取れば、木製の簡易な椅子に座り其処へ丸や穏やかな曲線の四角等を書き込んでいく。そこから段々と人物の姿を描いていくのだ。
「綺麗な線で描きますよね、浅野君は。とても繊細で素敵です」
集中していたからか、背後の気配に気付かず耳に入る声に息を飲んだ。途端スケッチブックを閉じてしまう。
「…どーも。もう仕事は終わりか?」
浅野は適当な場所へと手に持つそれを置けば立ち上がり井上に向き直った。問う言葉に井上は微笑を浮かべながら人差し指を緩く弧を描く薄い唇に当てる。
「浅野君がこちらに向かうのを見てしまって。ここに居るんじゃないかと思うと気が気じゃ無くなってしまいまして。早く切り上げて来ちゃいました」
「ふーん。それ、俺を煽ってんの」
歩を井上の前まで進ませその手を取れば腰を少し折り顔を寄せる。先程の浅野の言葉を否定するようにじわりと井上は頬を紅潮させた。間近に見つめる瞳は心なしか泳いでいて視線が上手く絡み合わない。掴んだ手から伝わる緊張感。昨日感じた駆け引きのような言葉は何だったのかと思う程に初々しい。浅野は顔を傾けて様子を窺った。唇は重なりそうで重ならない。吐息がかかる距離で言葉を紡いだ。
「…避けねぇならこのままキスしちまうけど」
「っ、そうしないってことはそういうことだと察して下さい…」
そんな井上の言葉にくすり、と小さく笑みを漏らせば漸くゆったりと唇を食む。
何度も、何度も。
吐息が絡み合う。
いつまでも時が止まってこのまま重なりあってしまいたいとお互いに想っているように、唇でそれを伝え合っている。角度を変えて深く繋げば浅野の舌先が唇を割り井上の咥内へと侵入させた。そろりと遠慮がちに井上の舌が伸びてく
ればそれを絡め取り強く吸う。
「…ふ…っ」
甘ったるい吐息が井上の鼻孔から零れる。それだけで眩暈がしそうなくらい理性の糸を張り詰めさせられた。どうにも井上の与える物全てが煽られている感覚になる。そっと、浅野は井上の内股を伝い股間を撫でた。途端、弾かれた様に唇が離れる。
「浅野君…あの…っ」
「こんだけその気にさせて、お預けなんて言うなよ?」
「…っう…」
耳まで赤くなっている。恥じらう顔を見られたくないと言うように井上は横を向いた。目の前に晒される真っ赤な耳を食みながらゆるゆると布越しに撫でてやるとくぐもった声を漏らしながら力が抜けていくのが分かる。浅野は井上の後ろにある机に凭れさせた後、静かな室内に金具がぶつかり合う音を響かせながらベルトを外し、チャックを下ろしてやる。薄い布を押し上げる自身を人差し指で形をなぞるように指先を這わせた。
「キスとちょっと撫でただけでこんなにしてんのかよ?なぁ、"先生"」
「…あ…ぅ…」
食んでくる唇の感触と鼓膜を叩く低音の声のせいで言葉にならない声が零れ落ちる。今更嫌だとは言わせないと言わんばかりに感情も体も逃がさない。全てを奪いたい衝動で先を求めていく。そんな浅野に井上も理性が焼き切れていく感覚の中求める様に腰を動かし己からも押し当てた。それを合図に下着ごと下服をずりさげ自身を取り出してやる。確かに反応を示していて硬くなっている。人差し指と中指で竿部の根本を挟めばゆるりと先端にかけて扱き上げてやると堪らず井上は声を発しそうになり我慢しようと浅野の肩口に弱々しく噛み付いた。
「はっ、あ…ん…っ」
「なんだソレ。可愛いかよ…」
そんな井上の仕草に胸が苦しくなる感覚を覚えた。今までこういった行為の最中、そんな感覚に見舞われたことがない。だが、初めての感覚による戸惑いよりも興奮が勝っている。体を離せば目の前でしゃがみ、躊躇無く井上の自身を亀頭からゆっくりと根本まで飲み込んでやる。凭れた机にしがみ付くように片手はしっかりとその縁を掴みながら逆手の甲をキスで濡れた唇に押し当て声を出来るだけ抑えた。
「んんっ、ふっ…んっ」
ゆっくりと頭を前後に動かし竿部に舌を絡ませながら唇で扱いていく。その度に甘い吐息が漏れるのに喜びを感じていた。先程より咥内の自身は質量を増していた。溢れる先走りを啜りながら一定のリズムで動いていく。もう絶頂を訴える様に机を掴んでいた手で浅野の肩口を掴みふるふると首を振ると唇に当てた手の甲を少し浮かせ言葉を掠れた声で紡いだ。
「浅野君…もう…っ」
「ん…いいぜ、イケよ」
鼻先でくすりと笑みを漏らせば激しく頭を動かしながら裏筋に滅茶苦茶に舌を這わせた。暫しして鈴口を舌先で撫でながら吸い上げてやれば深くから白濁を吐き出した。自分が与える快楽で井上を支配している。その想いで心は少しだけ満たされた気がした。今まで行為の度に嫌悪感さえ生まれていたのに、初めての感情に深くまで落ちていく感覚。それでもいいと浅野は思っていた。
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