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第十一話「終戦、我慢の限界」

押し倒した体を離し立ち上がる浅野を見ながら四ノ宮はヒステリックを起こし始めた。起き上がりベッドにぺたりと座り込めば何度もベッドを両手で叩く。まるで欲しい玩具が手に入らない子供のようだ。 「何でよ!どうしてアンタは私のモノにならないの!!こんなに完璧な女なんていないでしょ!」 「はっ、笑わせるな。なら聞かせてみろよ、お前はオレの何処が好きなワケ?」 その言葉に四ノ宮は我を取り戻したかのようにハッとした表情を浮かべた。その表情は明らかに困った表情を浮かべている。暫くすると、静かに指折り数えながら向けられた問いに答えを出していった。 「顔がカッコイイ所でしょ?背が高くてスタイルがいい所。お父様とお母様が有名な美術家で、詠斗の腕も凄い、それから…」 「詰まる所、金持ちで裕福で将来がほぼ約束されてる立派な御曹司…ってとこだろ、どうせ。お前の厭らしい思考なんざ見え見えなんだよ」 「…っ」 それ以降は言葉も出ないようだった。図星をつかれているからだ。四ノ宮は浅野の表面的な物しか見ていない。そんなことなど浅野は知り合った頃からお見通しである。というか、自分をそういう目で見る人間ばかりだったからでもある。その中でも四ノ宮は特別その匂いを漂わせていた。それでも遊びに付き合ってきたのは自分のステータスになるだろうという安易な考えの元だった。しかし、こういう事になってしまっては話は別である。そもそも誰の物にもなる気など無かった。だが、手に入れたいと、手に入れられたいと思える人物が現れたのだ。邪魔者は排除していかなければいけない。今後も手出しはさせない為にもう一つ策は練ってある。 「今後俺に近付くな。じゃねぇとコレ、バラしてやっから」 他人から見て不愉快に口元を歪めて笑みを態と浮かべてやる。言葉を選ぶなら「下衆い」というのだろうか。そんな表情を浮かべながらベッドの中で中年男性とツーショットで写真を撮る四ノ宮の姿を映すスマートフォンを顔の横に掲げる。それを見た途端、四ノ宮の顔は一気に血の気を引かせた。 「そういやお前の親父さんって、刑事でも偉い人だったよな?このおっさん、上司じゃん。まさか、自分の娘が上司と不倫してるなんざ知ったら世間様はどうなっちまうんだろうな?」 「…け、消しなさい!!悪趣味よ!人のスマホから盗むなんて!」 喉元過ぎればなんとやら、という言葉通りに自分の事は棚に上げる始末である。大方、四ノ宮にとってこの様な写真は「小遣い稼ぎ」の一つであるネタなんだろう。それが仇となったのだ。浅野はその写真を見せつけるように顔の横に掲げるスマートフォンをゆったりと揺らして見せる。そして、一つ提案を紡いでみた。 「暫くは完全に消してやることはしねぇ。バックアップもさっき取った。正し、俺に近付きさえしなけりゃバラすなんてこともしねぇ。約束出来るならずっと秘密のままにしておいてやるよ。どうだ?」 「……っ、分かったわよ。絶対に約束よ」 「おーけ。俺とお前だけの秘密事だ」 そう告げるとスマートフォンの画面に軽やかな音を立てて額に口付けを落とした。だが次いだ瞬間には双眼を細めてまた一つ唸りを上げた。 「分かったらとっとと失せろ。聞き分けの悪ぃ上に頭の悪ぃ女とかマジで嫌いなんだわ」 四ノ宮は厚めの唇を噛み締めながら服を持ち脱衣所へと入った後、身を整え、鞄を持ち出て行ってしまった。 身を投げ出すように浅野はベッドへ横たわる。少し暗くなった室内でスマートフォンが部屋を照らしていた。画面を見遣ると先程の写真。ますます母親を思い出して嫌悪感を抱く。浅野の母親は兄の様に慕っていた人物と寝ていた。きっと、何度も浅野の目を盗んで。それを知って以来、家族愛、友愛、何もかも分からなくなっていた。硬く閉ざしたいた心の扉を呆気無く開いた井上に惹かれてどうしようもない。今すぐ会いたい。そんな思いで起き上がれば学校へと戻る為に駆け出していた。 迷わずアトリエに足を運ぶ。井上の姿がそこにあると信じて。調度良い気温も自宅から校舎より離れたアトリエまで走り続ければ汗も滴る。そんなことも構わずただただ会いたくて走り続けていた。 漸く辿り着いた先、アトリエの中へと入るも井上の姿はなかった。もう帰宅してしまったのだろうか。今日はもう諦めて帰ろうと振り返ると――。 「浅野…君」 驚いたように双眼を見開き浅野を見つめる井上がそこに居た。思わず歩み寄っては強引に抱き寄せ唇を重ねると、焦りと疑問符で混乱しそうな頭を冷静に動かそうと強く浅野の胸を押して少し離れる唇の隙間で不自由に言葉を次いだ。 「ん…浅野君…っ、こんなん…もうあかんて…」 「うるせぇ、黙ってろ」 噛み付く様に乱暴な口付けを与える。浅野の胸を押す手力が抜けていく。井上はその手をするりと背に滑らせ、喜びか安堵が押し寄せ目尻から頬へと滴を伝わせた。もう二人の邪魔をする者などいないだろうと、浅野は安心しきっていた。同時に井上への愛欲を溢れさせていた。何度も何度も互いに唇を啄み合う。存在を確かめ合うように。   漸く唇を離すと浅野は何が起こったかをある一部を省いて軽く説明した。すると井上は一瞬驚いたような顔をしたが、次第にいつもの表情を取り戻しふわりと笑って見せた。それはどこか安心したようにも見えて、浅野も同じように口元が緩やかに弧を描く。 「では、この間言っていた約束の秘密事は再開ですか?」 「馬鹿言え、俺の勝ちだろ。秘密事は続けても、アンタはもう俺のモンだ」 そういうと二人はどちらからともなく唇の距離を詰めた。柔らかく重ねると、ゆるりと舌先で井上の薄い唇の割れ目をなぞる。合図を受けた様に井上が唇を開けばゆったりと浅野は舌を絡め取り吸ってやった。それだけで脳が痺れた様な感覚になり体が震える。そんな体を優しく撫でたかと思うと半ば強引に机へと体躯を押し倒した。 「ちょ、っと…」 「三週間だ」 「え…?」 「アンタに触れられなくて我慢した。もう限界」 既に少し硬さを帯びた下半身を浅野の太腿に押し付けながら吐息を含ませた言葉を耳に吹き込んだ。我慢と言う言葉は浅野には不向きなのだ。

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