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第一章・9

 父は、改まった様子でソファに掛けていた。 「樹里、そこへ座りなさい」 「はい」  殴られるような気配ではないので、ひとまずホッとしながらソファに掛けた。  樹里が落ち着く間もなく、父は切り出した。 「実は、引っ越すことになった」 「えっ?」 「名古屋へ、家族で行く」 「そんな。お店は、どうするの?」  樹里の父は、フレンチのレストランを経営している。  この家の一階が、丸ごと店になっているのだ。  樹里が物心ついた時から、この家はレストランだ。  父が、それを簡単に手放すとは思えないが……。

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