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第一章・10

「あなた。お見えになったわよ」 「そ、そうか」  小走りでリビングへ入って来た母の後を追うように、インターホンから男の声がした。 「こんばんは。水原さん、いらっしゃいますね?」  父はそのままリビングへ残り、母が玄関へ出て行った。  人の声と足音とで、わずかに騒がしくなる。  やがて母が部屋へ通した男を見て、樹里は息を呑んだ。 (あ、あの常連さん!)  それは、樹里のバイト先のカフェにいつも来る、名も知らぬ男だったのだ。  男も驚いたように樹里を見たが、それは一瞬のことで、すぐに名刺を渡してきた。 「水原 樹里さんですね。私は、綾瀬と言います」  名刺には『綾瀬 徹』とあった。  そしてその会社名は『綾瀬不動産』とあった。  運命の歯車が、回り始めた瞬間だった。

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