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第二章・3

 書類に印鑑を押してから、ものの一週間で家族は名古屋へ越していった。  後に残されたのは、樹里ひとり。  がらん、とした家にぽつんと立っていると、玄関が開く気配がした。  現れたのは、徹だった。 「迎えに来たよ、樹里くん」 「綾瀬さん」 「君は今日から綾瀬不動産の社員だ。案内しよう、ついてきなさい」 「は、はい」  アウディに乗って連れて来られたのは、洒落たデザインビルだった。 「社長、お帰りなさいませ!」 「お帰りなさいませ、社長!」  そんな社員の挨拶は、どこか妙だ。  普通、会釈程度ですませないかな。  お疲れ様です、くらいですませないかな。 「社長室にいる。しばらく、誰も来ないように」 「はい!」  やたらとはきはきした社員の挨拶や返事に、樹里は困惑していた。

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